しょうふくじ|普門宗(真言宗系単立)、旧称:観世音寺普門宗とも。|佐白山
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白雉2年(651年)粒浦某という猟師が、佐白山を守る白い3つの動物に導かれて霊木を感得し、千手観音像を刻み、三白山三白寺三白院と名乗ります。後に寺号を三白山正福寺と改め真言宗寺院として孝徳天皇の勅願寺となりました。鎌倉初期には身分の高い者達によって観音巡礼は行われ、この頃坂東霊場は作られたのではないかと推測されております。
正福寺は佐白山頂に建った笠間城の祈願寺と定められましたが、後に笠間城が廃藩置県により取り壊され、正福寺は後ろ盾を失います。明治3年の廃仏毀釈の法難に遭い七堂伽藍は焼失。本尊諸仏は難をのがれ近隣寺院に預けられ、昭和5年に現在地に本堂が再建されました。一時寺名を佐白山観世音寺と称しましたが、平成24年に正福寺と改められ現在に至ります。
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正福寺(しょうふくじ)は、茨城県笠間市にある普門宗(真言宗系単立)の寺院。山号は佐白山(さしろさん)。本尊は千手千眼十一面観世音菩薩。別名「佐白観音」。坂東三十三観音霊場23番札所。
寺伝によると、飛鳥時代の白雉2年(651年)、粒浦(つうら)氏という狩人が佐白山を守る白雉、白鹿、白馬に導かれて霊木を得て、千手観音像を刻んで安置したのが始まりで、当時の山号は三白山と号した。のちに考徳天皇の勅願寺となり、鎌倉時代初頭までには関東有数の観音霊場となっていた。鎌倉時代の1214年に笠間氏の焼討に遭い焼失したが、その後笠間氏の帰依を得て笠間城内に再建され山号を佐白山と改めた。400年の繁栄の後、笠間氏の衰退とともに寺運も衰え、1590年に宥明により再興され勝福寺と改称したが、江戸時代の1686年に正福寺となった。明治になり、神仏分離に伴う廃仏毀釈により焼き払われ衰微したが、昭和に入り1930年仮本堂が建てられ、信徒によって難を逃れていた本尊、諸仏、寺宝の一部が戻された。しばらく寺号を「観世音寺」と称していたが、2012年に「正福寺」に戻した。
当寺は、JR水戸線・笠間駅の北東2kmのやや小高い場所にある。笠間稲荷神社までは700mほどで、境内入口の道を挟んで反対側に神社の大駐車場がある。境内の参拝エリアはさほど広くなく、高低差もさほどない。笠間稲荷神社と合わせて参拝する人が多いのか、参拝者はちらほらいて、境内もきれいにされていて、ちょっとした公園のような雰囲気。
今回は、坂東三十三観音霊場の札所として参拝することに。参拝時は週末の午後で、真夏の炎天下にもかかわらず、自分たち以外もほかの参拝者が数組来ていた。
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令和2年1月にいただいた御朱印です。

一月の金の御朱印、
馬頭観音「結界」
令和の初春「迎春」です。
お正月らしい御朱印をいただきました😄✨

「左、一月の金の梵字」
中央に金字で不動明王、
左に制叱迦童子(せいたかどうじ)
右に矜迦羅童子(こんがらどうじ)
の梵字の印もおされています。
「右、一月の銀の梵字」
願いが叶う梵字だそうです😄✨
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