こうみょうじ|高野山真言宗|五峰山
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光明寺について
播磨西国三十三箇所観音霊場第18番札所、新西国三十三箇所観音霊場第28番札所、加東四国八十八ヶ所1番札所
能経等の札所寺務は塔頭寺院が当番制で行っている。
光明寺合戦の舞台
観応二年(1325)、光明寺で起こった足利尊氏と石塔頼房の戦い「光明寺合戦」。光明寺の五峰山に石塔頼房の本陣が置かれた。
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高野山真言宗 五峯山(ごぶさん) 光明寺
兵庫県加東市の兵庫県立播磨中央公園の北に位置しています。
JR加古川線「滝野駅」から徒歩だと40分くらいかかるそうですが、今回は車でお参りさせていただきました。
とても皆晴らしの良いところに駐車場があり、そこからは徒歩で450mほどで仁王門に着きます。
距離的には大したことはないのですが、そこそこ急な上り坂でいい運動になりました!
第三十三代推古天皇2年(594年)、法道仙人による開創。
播磨高野とも呼ばれ、真言宗七十五名刹の一つとされています。
御本尊は法道仙人作とされる十一面千手観世音菩薩で、脇侍に不動明王と毘沙門天が安置されています。
またここは光明寺合戦の際、足利直義方の石塔頼房が本陣を構えたところで、本堂裏には本陣跡の石碑が建てられています。
光明寺合戦とは、正平5年(1350年)~正平7年(1352年)、足利尊氏とその弟である足利直義の間に起こった派閥争い、つまり観応の擾乱と呼ばれる戦乱の中で、直義方の石塔頼房らが五千騎余りでここに本陣を構え立て籠もったそうです。
足利尊氏は仁王門付近で愛曽伊勢守と10日間対峙したそうですが、直義方は必死に抵抗。
直義方の援軍が迫ってきたため、寄手は摂津まで軍を引いたそうです。
現在、塔頭寺院は4ヶ院ですが、最盛期には19の僧坊があったとか。
御朱印は塔頭4ヶ院での年番制となっており、今年は本堂に一番近い花蔵院で拝受することができます。
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|歴史
推古帝二年(594)天竺飛来の法道仙人開基と伝えられる古義真言宗の古刹。「播磨高野」とも称され、新西国二十八番観音霊場としても著名。卯月八日(現在の5月3日)の仏生会は「滝野の花祭」の名で播州一のにぎわいを見せる。
塔頭寺院は現在四カ院であるが、文明年間には二十四を数えた。寺宝に本尊・観世音菩薩、大慈院の善導大師画像、遍照院の銅造如来坐像(国重要文化財)などがある。
古代中世における交通の要衝で丹波道を見下ろす海抜250米の高所にあたるため、観応二年(1351)と文明十七年(1485)に戦場となった。
全山みごとな照葉樹林におおわれ県森林浴場に指定。ハイキングコースとしても親しまれている。
光明寺の情報
| 住所 | 兵庫県加東市光明寺433 |
|---|---|
| 行き方 |
光明寺の基本情報
| 名称 | 光明寺 |
|---|---|
| 読み方 | こうみょうじ |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | 駐車場内と、常行堂と鎮守社の間 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
巡礼の詳細情報
詳細情報
| ご本尊 | 十一面千手千眼観世音菩薩 |
|---|---|
| 山号 | 五峰山 |
| 宗旨・宗派 | 高野山真言宗 |
| 創建時代 | 推古天皇二年(594) |
| 開山・開基 | 法道仙人 |
| 本堂 | 銅版葺入母屋造 |
| 文化財 | 本堂(国登録有形文化財) |
| ご由緒 | 推古帝二年(594)天竺飛来の法道仙人開基と伝えられる古義真言宗の古刹。「播磨高野」とも称され、新西国二十八番観音霊場としても著名。卯月八日(現在の5月3日)の仏生会は「滝野の花祭」の名で播州一のにぎわいを見せる。
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| 体験 |
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