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日岡神社のお参りの記録一覧
兵庫県 日岡駅

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四季
四季
2024年09月28日(土)559投稿

👶  安産の神様 👶

日岡神社

🍑 桃太郎🍑のモデルとされている天伊佐佐比古命(あめのいささひこのみこと)が主祭神で、景行天皇妃の稲日大郎姫命(いなびのおおいらつめ)が双子の皇子を身ごもった際に天伊佐佐彦命が安産を祈願して、無事に出産できたという言い伝えがあります。

倭健命(やまとたけるのみこと)の生誕伝説
日岡御陵に葬られた「稲日大郎姫命(いなびのおおいらつめのみこと)」は「大唯(おおうす)」と「小唯(おうす)」の双子の皇子を産みました。
皇子の一人「小唯」は、のちに各地の豪族を平定した古代の英雄「倭健命」であるといわれています。

安産祈願やお宮参り、ご祈祷に来られる方が絶えることのない 加古川市の式内社です。

主祭神 天伊佐佐比古命
    (あめのいささひこのみこと)
配祀神
    豊玉比売命
    鸕鶿草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
    天照皇大御神
    市杵島比売命
社格等 式内社(小)
    旧郷社
創建  不詳(天平2年(730年))
例祭  10月第2土曜・日曜
主神事 亥巳籠(2月)

加古川左岸の基幹用水である五ヶ井用水の建設事業は、日向明神(日岡の神)と聖徳太子が共同で行ったものであると伝えられます。
これは、鎌倉時代末期の1300年代から1310年代にかけて、後に後醍醐天皇の腹心となる真言律宗(真言律宗は聖徳太子信仰が根強いため)
真言宗の僧侶の文観房弘真が行った修築事業が伝説化したものであるとする説があります。
また、文観の祖父の一人は日岡神社の神主であったとも伝わります。

#大碓皇子(おおうすのみこ)母
#小碓尊(日本武尊)母

#日本武尊ヤマトタケルの母

#わがまち加古川70選
#No57
#兵庫県

#加古川市加古川町大野字日岡山1755

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2023年06月02日(金)3127投稿

兵庫県加古川市にある神社です。
主祭神は天伊佐佐比古命(あめのいささひこのみこと)です。
配祀神は豊玉比売命(とよたまひめのみこと)、鸕鶿草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)、天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)です。

「日岡の神」について古くは奈良時代の『播磨国風土記』にも記述が見られ、1300年前の古代から信仰された古社だとわかります。
現在では、祭神の天伊佐佐比古命が播磨稲日大郎姫命(第12代景行天皇皇后)の安産祈願をしたとする社伝に基づいて、安産の神として東播磨地域で広く信仰されています。

境内の入り口随身門をくぐり少し歩くと、安授姫とタケルくんがお出迎えしてくれます。
建物はすべて比較的新しい感じがします。
私がお参りしたこの時間帯は、お子様連れで御祈祷に来られた家族が非常に多く(30組ほど)、えっ七五三でもないのに?と驚くほどでした。
さすが地元に根付いた神社でいらっしゃるものです。
居屋河原日岡神社(大鳥居神社) - 祭神:天伊佐々彦命。昭和46年(1971年)7月に加古川市加古川町寺家町居屋河原にあった居屋河原日岡神社が遷座。他の境内社より規模は大きい。
摂末社も多く、高御位神社(大己貴命・事代主命)、天満神社(少名毘古那命・菅原道真)、恵美須神社(蛭子命)、稲荷神社(保食神)、住吉神社(上筒男命・中筒男命・底筒男命)、熊野神社(伊弉諾尊・伊弉册尊)があります。

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四季
四季
2022年10月29日(土)559投稿

日岡神社 

~七五三と神宮大麻~

主祭神 天伊佐佐比古命
   (あめのいささひこのみこと)
配祀神 豊玉比売命
    鸕鶿草葺不合命
   (うがやふきあえずのみこと)
    天照皇大御神
    市杵島比売命

社格等 式内社(小)
    旧郷社
創建  不詳 
    天平2年(730年)
例祭日 10月第2土曜・日曜

主神事 亥巳籠(いみごもり 2月)

御由緒
当神社は天平の時代(約1300年前)の創祀といわれています。
第十二代景行天皇の皇后である稲日大郎姫命(いなびのおおいらつめのみこと)が、最初のお産が難産で大変お苦しみになられたため、次に皇后が身ごもられた時に、当社の主祭神である天伊佐佐比古命が七日七夜祖神に安産を願い、無事双子の皇子を御安産なされました。そのいわれから当社は安産の守り神として、今日も近郷より大勢の参拝者があとをたちません。
なお、双子の皇子の一人が有名な倭建命(やまとたけるのみこと)です。

兵庫県南部、加古川左岸の丘陵南麓に鎮座されます。この丘陵は古くから「日岡」と称され、一帯の地名「加古」の由来伝承にも関係します。 「日岡の神」について古くは奈良時代の『播磨国風土記』にも記述が見え、古代から信仰された古社になります。現在では、御祭神の天伊佐佐比古命が播磨稲日大郎姫命(第12代景行天皇皇后)の安産祈願をしたとする社伝に基づき、安産の神として東播磨地域で広く信仰されています。 江戸時代の伝説によれば、加古川左岸の基幹用水である五ヶ井用水の建設事業は、日向明神(日岡の神)と聖徳太子が共同で行ったものであると伝えられます。

日岡山古墳群
日岡陵古墳(播磨稲日大郎姫命 日岡陵)

摂末社
居屋河原日岡神社
高御位神社
天満神社
恵美須神社
稲荷神社
住吉神社
熊野神社
大日本帝国海軍の古鷹型重巡洋艦2番艦『加古』の艦内神社。

境内は日岡山の南麓に位置しますが、この日岡山には古『播磨国風土記』賀古郡条にみえる「褶墓(ひれはか)」に関連し、それに基づいて現在では景行天皇皇后の播磨稲日大郎姫命の御陵に治定されています。

~・~・~・~

当日、日岡神社にて加古川の22社宮司さま方がお揃いになり神宮大麻を戴く御神事がありますと粟津天満神社宮司さまに教えて頂き、急遽日岡神社さまにお参りさせて頂きました。
次々と七五三のお参りに来られていてほっこりさせて頂きました。ありがとうございました。

加古川市加古川町大野字日岡山1755

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四季
四季
2022年06月25日(土)559投稿

日岡神社 ②

~ヤマトタケルノミコト夏越祭~

主祭神 天伊佐佐比古命
 (あめのいささひこのみこと)
配祀神 豊玉比売命
    鸕鶿草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
    天照皇大御神
    市杵島比売命

社格等 式内社(小)
    旧郷社
創建  不詳 天平2年)730年)
例祭  10月第2土曜・日曜

主神事 亥巳籠(いみごもり 2月)

御由緒
双子の皇子の産湯に使ったと言い伝えのある石の盥 (神社南方約1.5キロの加古川町美乃利の民家の軒先にあります)
当神社は天平の時代(約1300年前)の創祀といわれています。
第十二代景行天皇の皇后である稲日大郎姫命(いなびのおおいらつめのみこと)が、最初のお産が難産で大変お苦しみになられたため、次に皇后が身ごもられた時に、当社の主祭神である天伊佐佐比古命が七日七夜祖神に安産を願い、無事双子の皇子を御安産なされました。その言われから当社は安産の守り神として、今日も近郷より大勢の参拝者があとをたちません。
なお、双子の皇子の一人が有名な倭建命(やまとたけるのみこと)です。

兵庫県南部、加古川左岸の丘陵南麓に鎮座されます。この丘陵は古くから「日岡」と称され、一帯の地名「加古」の由来伝承にも関係します。 「日岡の神」について古くは奈良時代の『播磨国風土記』にも記述が見え、古代から信仰された古社になります。現在では、祭神の天伊佐佐比古命が播磨稲日大郎姫命(第12代景行天皇皇后)の安産祈願をしたとする社伝に基づき、安産の神として東播磨地域で広く信仰されている。 江戸時代の伝説によれば、加古川左岸の基幹用水である五ヶ井用水の建設事業は、日向明神(日岡の神)と聖徳太子が共同で行ったものであると伝えられます。
これは、鎌倉時代末期の1300年代から1310年代にかけて、後に後醍醐天皇の腹心となる真言律宗(真言律宗は聖徳太子信仰が根強い)・真言宗の僧侶の文観房弘真が行った修築事業が伝説化したものと考えられます。また、文観の祖父の一人は日岡神社の神主であったとも言われています。

亥巳籠(いみごもり)
特殊神事。

摂末社
居屋河原日岡神社
高御位神社
天満神社
恵美須神社
稲荷神社
住吉神社
熊野神社
大日本帝国海軍の古鷹型重巡洋艦2番艦『加古』の艦内神社。

大祓式・夏越祭は6月25日(土)26日(日)に行われます。
御神事は6月25日(土)17時より斎行されます。

境内は日岡山の南麓に位置しますが、
この日岡山には日岡御陵があり、
『播磨国風土記』賀古郡条にみえる
「褶墓(ひれはか)」に関連し、
それに基づいて現在では景行天皇皇后の
播磨稲日大郎姫命の陵に治定されています。

~・~・~・~

景行天皇(けいこうてんのう)
日本の第12代天皇
『日本書紀』での名は大足彦忍代別天皇。
日本武尊(ヤマトタケル)の父。
皇后 播磨稲日大郎姫

   八坂入媛命
(景行天皇4年2月21日、景行天皇の妃となります。元々天皇に見初められたのは同母妹の弟媛でしたが、固辞した彼女に推薦されて入内に至ったと伝えられます。同52年5月4日に当初皇后だった播磨稲日大郎姫が崩御したことを受け、同年7月7日に新たな皇后に立てられました。第13代成務天皇2年11月10日、皇太后となられました。)

景行天皇 播磨稲日大郎姫
子女
櫛角別王 大碓皇子 日本武尊 成務天皇 他

皇居 纒向日代宮
   (まきむくのひしろのみや)
   志賀高穴穂宮
   (しがのたかあなほのみや)
第12代 景行天皇
第13代 成務天皇
第14代 仲哀天皇三代の皇居。
所在地は現在の滋賀県大津市穴太(あのう)付近と伝えられます。高穴穂宮。

ヤマトタケルノミコト
考古学上、4世紀前期から中期の大王と推定されます。
漢字表記の場合「日本武尊 」

第12代景行天皇の皇子、
第14代仲哀天皇の父、
第15代応神天皇の祖父
にあたります。

熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄です。

第13代成務天皇を存じ上げなくて、
日本武尊の異母弟! 
第12代・・・ 日本武尊は
第14代仲哀天皇のお父様!!!
絶対お参りに行きたいです。
となりました。
とてもご立派な『日岡神社 御神馬御朱印帳』
も拝受できました。

♡👸🐴♡
御朱印帳が2種あり、安授殿versionを記録させて頂きました。
境内は『夏越祭』の準備で華やぎを感じました。子どもたちの姿が見えるのはよいです。
嘉きご縁に感謝します。

兵庫県加古川市加古川町大野字日岡山1755

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四季
四季
2022年06月23日(木)559投稿

日岡神社

~加古も未来も輝いて~

主祭神 天伊佐佐比古命
 (あめのいささひこのみこと)
配祀神 豊玉比売命
    鸕鶿草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
    天照皇大御神
    市杵島比売命

社格等 式内社(小)
    旧郷社
創建  不詳 天平2年)730年)
例祭  10月第2土曜・日曜

主神事 亥巳籠(いみごもり 2月)

御由緒
双子の皇子の産湯に使ったと言い伝えのある石の盥 (神社南方約1.5キロの加古川町美乃利の民家の軒先にあります)
当神社は天平の時代(約1300年前)の創祀といわれています。
第十二代景行天皇の皇后である稲日大郎姫命(いなびのおおいらつめのみこと)が最初のお産が難産で大変お苦しみになられたため、次に皇后が身ごもられた時に、当社の主祭神である天伊佐佐比古命が七日七夜祖神に安産を願い、無事双子の皇子を御安産なされました。その言われから当社は安産の守り神として、今日も近郷より大勢の参拝者があとをたちません。なお、双子の皇子の一人が有名な倭建命(やまとたけるのみこと)です。

兵庫県南部、加古川左岸の丘陵南麓に鎮座されます。この丘陵は古くから「日岡」と称され、一帯の地名「加古」の由来伝承にも関係します。 「日岡の神」について古くは奈良時代の『播磨国風土記』にも記述が見え、古代から信仰された古社になります。現在では、祭神の天伊佐佐比古命が播磨稲日大郎姫命(第12代景行天皇皇后)の安産祈願をしたとする社伝に基づき、安産の神として東播磨地域で広く信仰されている。 江戸時代の伝説によれば、加古川左岸の基幹用水である五ヶ井用水の建設事業は、日向明神(日岡の神)と聖徳太子が共同で行ったものであると伝えられます。
これは、鎌倉時代末期の1300年代から1310年代にかけて、後に後醍醐天皇の腹心となる真言律宗(真言律宗は聖徳太子信仰が根強い)・真言宗の僧侶の文観房弘真が行った修築事業が伝説化したものと考えられます。また、文観の祖父の一人は日岡神社の神主であったとも言われています。

境内は日岡山の南麓に位置しますが、この日岡山には古墳時代前期から中期の古墳群(日岡古墳群/日岡山古墳群)の分布が知られます。
中でも代表的な日岡陵古墳(前方後円墳、墳丘長約85.5メートル)については、『播磨国風土記』賀古郡条にみえる「褶墓(ひれはか)」と関連付ける説があり、それに基づいて現在では景行天皇皇后の播磨稲日大郎姫命の陵に治定されています。

亥巳籠(いみごもり)
特殊神事。
天伊佐佐比古命が稲日大郎姫命の安産祈願として7日間忌み籠ったことに由来する神事と伝えます(別説に玉依姫・草不合命2柱の鎮座祭に由来する神事)。旧暦正月の亥日から巳日にかけて行われ、この期間は神社では音が禁じられ、忌み明けの巳日には的射の神事が行われます。

日岡山古墳群
日岡陵古墳(播磨稲日大郎姫命 日岡陵)

摂末社
居屋河原日岡神社 (大鳥居神社)
御祭神:天伊佐々彦命。
昭和46年(1971年)7月に加古川市加古川町寺家町居屋河原にあった居屋河原日岡神社が遷座。

高御位神社
御祭神:大己貴命・事代主命。本社に向かって右後方に鎮座。社殿は流造。

天満神社
御祭神:少名毘古那命・菅原道真。本社に向かって左横に鎮座。社殿は流造。

恵美須神社
御祭神:蛭子命。本社に向かって左横に鎮座。社殿は神明造。

稲荷神社
御祭神:保食神。本社に向かって左横に鎮座 。社殿は流造。

住吉神社
御祭神:上筒男命・中筒男命・底筒男命。境内入口近くに鎮座する石祠。

熊野神社
御祭神:伊弉諾尊・伊弉册尊。境内入口近くに鎮座する石祠。

本年の大祓式・夏越祭は6月25日(土)26日(日)に行われます。
神事は6月25日(土)17時より斎行されます。

~・~・~・~

加古(かこ)は、大日本帝国海軍の古鷹型重巡洋艦2番艦であります。1926年(大正15年)7月に竣工し、古鷹に続いて世界に先駆けて20cm砲を採用した巡洋艦となりました。
1942年(昭和17年)8月8日の第一次ソロモン海戦で活躍した帰路、寄港地に向かう途中に米潜水艦の雷撃により沈没しました。
境内に有志寄贈の絵が飾られています。

建造所 川崎造船所
運用者 大日本帝国海軍
艦内神社 日岡神社
発注 1922年6月
起工 1922年11月17日
進水 1925年4月10日
就役 1926年7月20日
最期 1942年8月10日
米潜水艦の雷撃により沈没 南緯02度28分 東経152度11分
除籍 1942年9月15日

住吉大社絵馬殿に、加古の奉納絵馬があり、
ずっと日岡神社にお参りしてみたいと思っていました。
仕事で近くにお世話になり、2日連続でお邪魔させて頂きました。

お宮詣りと安産祈願等のご家族連れの途切れることのない厳かでご立派な日岡神社さまでした。皆さまお健やかに。♡

播磨地方では、安産祈願をされた後、お宮を出られて最初にお会いした方の性別の赤ちゃんが生まれるという言い伝えがあるそうです。

兵庫県加古川市加古川町大野字日岡山1755

日岡神社の本殿・本堂

社殿と産湯

日岡神社(兵庫県)

お宮詣り 素敵✴

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