きよしこうじん せいちょうじ
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楽しみ方清荒神清澄寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年08月21日(木) 21時15分07秒
参拝:2025年8月吉日
兵庫県宝塚市にあるお寺です。
兵庫県では「荒神さん」とも呼ばれ とても有名なお寺です。
駐車場に車を停めさせていただいたのですが 実はここまでの道(参道)には多くのお店が並んでいて参道商店街になっています。
駐車場から山門までの間 少し山道というか木陰が涼しい道ですが こちらにも出店が多く並んでいます。
この日は平日だったこともあるのでしょうが 開いているお店はほんの少しでした。
それでも参拝者は少なくないです。駐車場には車が10台以上は停まっていましたから。
5分も歩いたら山門です。
鬱蒼とした木がなくなり 空気が変わるのを感じます。
境内を真っすぐ進むと清澄寺本堂があります。
7月1日から9月30日まで本堂受付は閉められていて それ以外の時期でなければ本堂の拝観はできないようでした。まずはここでお参り。
本堂左手に石段があり こちらを上がっていくと宝稲荷大明神が鎮座されています。こちらでもお詣り。
続いて本堂右手を進んでいくと 鉄斎美術館「聖光殿」があります。
美術館は今日は拝観せずに さらに奥に進んでいくと 龍王滝がありました。
滝の岸壁に不動明王が彫られていました。ここでもお参り。
さて次はメインの三宝荒神社です。本堂より山門より左手にあります。
狛犬ならぬ布袋様に迎えられ 立派な拝殿前でお詣り。
周りには行者洞・龍王堂・眼神祠があり 本殿裏には護法堂があります。
護法堂の裏には荒神影向の榊(開創の際に荒神がお姿を現されたと伝えられる)がありました。
御朱印や拝受品は こちら三宝荒神社の社務所でいただきます。
建物は 江戸時代末期・明治時代・昭和時代のもので そう古いものではないのですが とにかく立派で見ごたえがあります。
また季節を変えてお参りしたいと思いました。
ネット情報です。
山号は蓬莱山 宗派は真言三宝宗 寺格は大本山 ご本尊は大日如来(重要文化財) 創建年は寛平8年(896年) 開山は静観僧正 開基は宇多天皇(勅願) 別称は清荒神です。
札所としては真言宗十八本山第3番・摂津国八十八箇所第72番・役行者霊蹟札所・西国七福神(布袋尊)・神仏霊場巡拝の道第79番(兵庫第14番)です。
これだけ多いのは珍しい気がします。
寛平8年(896年)11月18日に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により旧清(もときよし)と呼ばれる山の尾根に建てられた。
鎮守神として現在地である西の谷の地に三宝荒神社も建立された。
宇多天皇より「日本第一清荒神」の称号を下賜され 最盛期には七堂七十二坊の荘厳な伽藍を誇った。
平安時代末期の治承・寿永の乱や戦国時代の有岡城の戦いに巻き込まれて炎上しているが 三宝荒神社は被害を免れている。
江戸時代の安政年間(1855年 - 1860年)には清澄寺本堂が旧清から現在地に移築され 浄界和上によって清澄寺が再興されて伽藍が整えられた。
1947年(昭和22年)に「三宝三福」の教理に基づいて真言三宝宗が開かれ 当寺はその総本山となった。
山内には画家富岡鉄斎の作品を集めた鉄斎美術館「聖光殿」が1975年(昭和50年)に設立された。
近隣地域では 「荒神さん」と呼び慣わされ かまど神の一種として ここで受け取ったお札を台所の神棚に祀るなどの信仰が根付いている。
門前の緩やかな坂道には 屋台を含め200近い店舗が軒を並べて門前市を形成している。
極道から弁護士になったことで話題になった大平光代の更生のきっかけとなった寺としても有名。
大平は初めて訪れた日から17年間毎日通ったという。
本堂は江戸時代末期に建立され 安政年間(1855年 - 1860年)に旧清(もときよし)の寺域より移築された。
本尊大日如来像 不動明王像 高祖弘法大師像 四天王像を祀る。
三宝荒神社
護法堂は大勝金剛転輪王(如来荒神) 歓喜童子 弁財天を祀る。
拝殿(天堂)は三宝荒神王 大聖歓喜天 十一面観世音菩薩他を祀る。
兵庫県では「荒神さん」とも呼ばれ とても有名なお寺です。
駐車場に車を停めさせていただいたのですが 実はここまでの道(参道)には多くのお店が並んでいて参道商店街になっています。
駐車場から山門までの間 少し山道というか木陰が涼しい道ですが こちらにも出店が多く並んでいます。
この日は平日だったこともあるのでしょうが 開いているお店はほんの少しでした。
それでも参拝者は少なくないです。駐車場には車が10台以上は停まっていましたから。
5分も歩いたら山門です。
鬱蒼とした木がなくなり 空気が変わるのを感じます。
境内を真っすぐ進むと清澄寺本堂があります。
7月1日から9月30日まで本堂受付は閉められていて それ以外の時期でなければ本堂の拝観はできないようでした。まずはここでお参り。
本堂左手に石段があり こちらを上がっていくと宝稲荷大明神が鎮座されています。こちらでもお詣り。
続いて本堂右手を進んでいくと 鉄斎美術館「聖光殿」があります。
美術館は今日は拝観せずに さらに奥に進んでいくと 龍王滝がありました。
滝の岸壁に不動明王が彫られていました。ここでもお参り。
さて次はメインの三宝荒神社です。本堂より山門より左手にあります。
狛犬ならぬ布袋様に迎えられ 立派な拝殿前でお詣り。
周りには行者洞・龍王堂・眼神祠があり 本殿裏には護法堂があります。
護法堂の裏には荒神影向の榊(開創の際に荒神がお姿を現されたと伝えられる)がありました。
御朱印や拝受品は こちら三宝荒神社の社務所でいただきます。
建物は 江戸時代末期・明治時代・昭和時代のもので そう古いものではないのですが とにかく立派で見ごたえがあります。
また季節を変えてお参りしたいと思いました。
ネット情報です。
山号は蓬莱山 宗派は真言三宝宗 寺格は大本山 ご本尊は大日如来(重要文化財) 創建年は寛平8年(896年) 開山は静観僧正 開基は宇多天皇(勅願) 別称は清荒神です。
札所としては真言宗十八本山第3番・摂津国八十八箇所第72番・役行者霊蹟札所・西国七福神(布袋尊)・神仏霊場巡拝の道第79番(兵庫第14番)です。
これだけ多いのは珍しい気がします。
寛平8年(896年)11月18日に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により旧清(もときよし)と呼ばれる山の尾根に建てられた。
鎮守神として現在地である西の谷の地に三宝荒神社も建立された。
宇多天皇より「日本第一清荒神」の称号を下賜され 最盛期には七堂七十二坊の荘厳な伽藍を誇った。
平安時代末期の治承・寿永の乱や戦国時代の有岡城の戦いに巻き込まれて炎上しているが 三宝荒神社は被害を免れている。
江戸時代の安政年間(1855年 - 1860年)には清澄寺本堂が旧清から現在地に移築され 浄界和上によって清澄寺が再興されて伽藍が整えられた。
1947年(昭和22年)に「三宝三福」の教理に基づいて真言三宝宗が開かれ 当寺はその総本山となった。
山内には画家富岡鉄斎の作品を集めた鉄斎美術館「聖光殿」が1975年(昭和50年)に設立された。
近隣地域では 「荒神さん」と呼び慣わされ かまど神の一種として ここで受け取ったお札を台所の神棚に祀るなどの信仰が根付いている。
門前の緩やかな坂道には 屋台を含め200近い店舗が軒を並べて門前市を形成している。
極道から弁護士になったことで話題になった大平光代の更生のきっかけとなった寺としても有名。
大平は初めて訪れた日から17年間毎日通ったという。
本堂は江戸時代末期に建立され 安政年間(1855年 - 1860年)に旧清(もときよし)の寺域より移築された。
本尊大日如来像 不動明王像 高祖弘法大師像 四天王像を祀る。
三宝荒神社
護法堂は大勝金剛転輪王(如来荒神) 歓喜童子 弁財天を祀る。
拝殿(天堂)は三宝荒神王 大聖歓喜天 十一面観世音菩薩他を祀る。

参道にあるお店の案内図

寺号の石柱

山門

扁額

山門くぐってすぐ

境内案内図

夏の間は本堂の受付はありません

池苑(池泉回遊式庭園)

清澄寺本堂

ちらっと内陣

香炉

本堂左手にある石段を上がると

宝稲荷大明神

本殿

一願地蔵尊

鉄斎美術館「聖光殿」

仏足石

説明

龍王滝・不動明王

これが龍王滝

岩壁に不動明王像

説明

三宝荒神社

手水舎

けっこう古いですね


布袋さんかな

狛犬のいる場所ですけど

拝殿

アップ

内陣をちらっと

本殿だと思う

香炉

行者洞


神変大菩薩(役小角)

龍王堂

内陣

眼神祠


護法堂

アップ
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3065投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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