とくいじんじゃ
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創建年は不詳
御由緒によると、
往古よりこの地に祀られていた上宮、中宮、下宮と称される八幡三座の中の上宮にあたると云う。明治44年には中宮も合祀され現在に至る。
当社は別称「箒の宮」と称えられるが、境内社八幡社の御祭神、神功皇后の御神徳をいただき、安産祈願に参拝する願人に竹箒を授与することからその名が生じたものだそうです。
産婦の陣痛が始まると社より荒神箒を借り受け、その箒にて腹を撫で安産を記念するという伝えがあり、現在も安産祈願者には小箒を授けているとのこと。
社殿は阪神淡路大震災で倒壊したため、平成13年に再建されたそうです。
御朱印は直書きでいただきました。
「徳井神社」の印は押されていますが、墨書きで「應神天皇社」と書かれています。
これは昭和36年までの社名だそうです。
神戸市灘区大和町4-5-5
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当社の創建年は不詳ではあるが、往昔よりこの徳井の地に祀られていた上宮・中宮・下宮と称される八幡社3座の中、上宮が当社にあたるという。明治44年(1969)には地区内中郷鎮座の中宮も当社に合祀され、現在に至るものである。
境内地には天和(1661~)より文久(1861~)に至る江戸年期銘の入った石灯籠が数基残り、鎮守神として往昔人々の尊崇の篤かったことがわかる。また明治以降は応神天皇神社と尊称されてきたものであるが、昭和36年(1961)に至り、徳井神社と社名変更をした。
当社は別称「箒の宮」と称えられるが、境内社「八幡社」御祭神、神功皇后さまの御神徳を頂き、安産祈願に参拝する願人に竹箒を授与することから、その名が生じたものである。箒授与の由来は定かではないが、皇后さま御身籠りの時期でありながら、三韓征討の大事をなされた雄々しい御心を手本として、妊娠中といえども主婦の務めを疎かにせずといった教えを、箒に託したものと考えられる。何れにせよ、民俗的にも希有な神事は、地元民のみならず広く知られ、信仰を集めている。
徳井神社の情報
| 住所 | 兵庫県神戸市灘区大和町4-5-5 |
|---|---|
| 行き方 | JR「六甲道駅」より東へ300m徒歩5分 |
徳井神社の基本情報
| 名称 | 徳井神社 |
|---|---|
| 読み方 | とくいじんじゃ |
| 通称 | 箒の宮 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 078-811-3975 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| おみくじ | あり |
| 絵馬 | あり |
詳細情報
| ご祭神 | 応神天皇 |
|---|---|
| ご由緒 | 当社の創建年は不詳ではあるが、往昔よりこの徳井の地に祀られていた上宮・中宮・下宮と称される八幡社3座の中、上宮が当社にあたるという。明治44年(1969)には地区内中郷鎮座の中宮も当社に合祀され、現在に至るものである。 境内地には天和(1661~)より文久(1861~)に至る江戸年期銘の入った石灯籠が数基残り、鎮守神として往昔人々の尊崇の篤かったことがわかる。また明治以降は応神天皇神社と尊称されてきたものであるが、昭和36年(1961)に至り、徳井神社と社名変更をした。 当社は別称「箒の宮」と称えられるが、境内社「八幡社」御祭神、神功皇后さまの御神徳を頂き、安産祈願に参拝する願人に竹箒を授与することから、その名が生じたものである。箒授与の由来は定かではないが、皇后さま御身籠りの時期でありながら、三韓征討の大事をなされた雄々しい御心を手本として、妊娠中といえども主婦の務めを疎かにせずといった教えを、箒に託したものと考えられる。何れにせよ、民俗的にも希有な神事は、地元民のみならず広く知られ、信仰を集めている。 |
| ご利益 | |
| 体験 |
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