わだじんじゃ
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昔、自凝島(淡路島)から葦の船で流され、最初に着いたのがこの和田岬で、そこにあった森を「蛭子の森」といい、蛭子大神をお祀りした最古の聖地です。
承安3年(1173年)、平清盛公が兵庫津(大輪田泊)に大土木工事を行いましたがとても難航したそうで、整備事業の完成と兵庫津の繁栄を祈願して、広島は安芸の宮島より市杵島姫大神を勧請しました。
さらに万治2年(1659年)、洪水のために武庫川が氾濫し岡太神社の神輿が流されて、「蛭子の森」に漂着したとのこと。
尼崎藩藩主の青山大膳亮幸利公が岡太大神の天御中主大神をお祀りする社殿の造営を行い、蛭子大神と市杵島姫大神をともに祀る和田神社ができました。
元々は現在地より800mほど西南方向の「蛭子の森」に鎮座されていましたが、三菱造船所の建設のため、1902年に現在地に移転となったようです。
また歴史上の著名人も和田神社を訪れています。
1766年 与謝蕪村が来社
1863年 第14代将軍徳川家茂公が勝海舟たち幕僚を従えて来社
1889年 福沢諭吉が参拝される
今回、初めての参拝となりましたが、とても清々しい境内で心落ち着く神社でした。
もっと早くお参りしていればよかったと感じました。
神戸市兵庫区和田宮通3-3-45
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兵庫七福神では辨財天をお祀りしています。
創始不明だが、現鎮座地より南西に800mの場所にオノコロ島より流された蛭子大神が流れ着き「蛭子の森」と呼ばれた。そこで蛭子大神をお祀りしたのが始まり。
後の承安3年(1173年)平清盛が中国との貿易の為に行基が整備した大輪田泊の改修工事の成功祈願の為に広島の厳島神社より市杵嶋姫大神を勧請、和田神社を含め7ヶ所に勧請され「兵庫七辨天」と称された。
さらに万治元年(1658年)武庫郡にあった岡田宮の神輿が蛭子の森へ流れ着き、数々の異変が起こった為、尼崎城主が天御中主大神を主神として元の二柱と共に祀る為の社殿を造営し、和田神社となった。
明治34年(1902年)造船所の建設のため蛭子の森は無くなり現在地に遷座されました。

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