やくよけのみや こまがばやしじんじゃ
厄除の宮 駒林神社のお参りの記録一覧
久しぶりに時間が取れたので、神戸市長田区の長田漁港近くにある駒ヶ林神社にお参りに行きました。
梅雨らしい曇り空でしたが、雨は降ってなくてそれなりに暑くなく参拝日和でした。
大鳥居横にはイカナゴのくぎ煮発祥の地の碑が立っています。
近年不漁続きですっかり高級な食べ物になってしまったイカナゴのくぎ煮ですが、ここが発祥の地だったんですね!
子供の頃から食べていた馴染みの食べ物の発祥地が意外と身近だったのは少し驚きました。
大鳥居から入っていくと正面に本殿が見えます。
その横が社務所です。
全体的にこじんまりとした神社ですが、港町の神社という雰囲気を感じます。
境内には本殿の他に天照大神をお祀りした神明社、稲荷神社と靖国社、三宝荒神社もあります。
神社の歴史等については先人の参拝記録等に詳しいと思いますが、かなり歴史を感じる神社です。
歌舞音曲にも力を入れている神社のようで、是非とも機会があれば神楽など見てみたいと思いました。
参拝が済んでから御朱印をいただいて帰路につきました。
雰囲気のあるとても良い神社でした。
大鳥居です
本殿
本殿
大鳥居横の、イカナゴのくぎ煮発祥の地の碑文 です
手水舎
天照大神をお祀りしている神明社
稲荷宮
平清盛上陸地の碑
三宝荒神社
神社横の駐車場です
神戸神社巡り⑧本日最後の神社です。湾岸線駒ヶ林駅から近いはずでしたが、地下鉄だと地上に出て方向が判らなくなり迷ってしまいました。
鳥居
灯籠
参道
社号標
注連柱
手水舎
由緒書
拝殿
扁額
本殿
狛犬
文政四年(1821)奉納の灯籠
境内社 三宝荒神社
扁額
境内社 靖国社
境内社鳥居
境内社 天光玉勝稲荷神社
境内社鳥居
境内社 神明宮
おまけ 神社とは全く関係なく、神戸新聞にて連載される「かなしきデブ猫ちゃん」のマルです。こちらの神社に参拝する前にとある場所で遭遇したので、あくまでもおまけです
今回のスイーツ土産、フランツの魔法の壺プリン
神戸市長田区の漁港のすぐ近く、「いかなごのくぎ煮」発祥の地に鎮座する神社です。
境内の由緒書は文字が消えかけていて読み取れない部分があったので、駒林神社HPに掲載の御由緒を紹介させていただきます。
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当社は務古の水門の一部にあたり治承2年(1178)には平清盛が上陸したとの記録(『山槐記』)もあり、古代の要津であった。そのため、来朝する外国人を検問する玄蕃寮(現在の税関にあたる)の出先機関があり、当社は、その役所内に奉斎された事に始まると伝えられる。延元元年(1336)、足利尊氏が西国敗走の折、当社に奉詣して
今むかふ 方は明石の 浦ながら
まだ晴れやらぬ 我が思ひかな
と詠んで、社前の浜より乗船したという。
文政13年(1830)、髙井山城守石原清左衛門が社殿を改築し、井戸ノ町若中より狛犬一対が奉納される等、社頭整備が進み、明治26年、拝殿が新築された。その後荒頽したが、大正13年、社殿等大いに修築し、八王子八幡神社に若宮社を始め、村内の小祠を合祀し、「駒林神社」と改称した。
大東亜戦争中被災する事も無かったが、昭和63年、社殿焼亡、翌平成元年に再建するも、平成7年の阪神淡路大震災に被災、同年社殿復旧、同10年社務所を再建し、平成25年第62回神宮式年遷宮と出雲大社遷座祭を奉祝し大鳥居を再建され、共に駒ヶ林が「いかなごのくぎ煮発祥の地」である事を記した石碑が建てられた。
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また「厄除の宮」と呼ばれているのは、
『平安時代、大陸との貿易が盛んに行われていた頃、駒ヶ林にあった玄蕃寮の出先機関は入国管理所や税関の役割を持っており、国内へ災いが入らないよう取り締まりを行っていた。
その邸内社であった事から、厄災を祓う宮「厄除の宮」として崇敬されている。』
とのことらしいです。
絵馬
一の鳥居
ピンク? 昔の写真をネットで見るともっと赤かったようなので色褪せたんでしょうか
二の鳥居
拝殿
本殿 西側
本殿 東側
御由緒
手水舎
末社 荒神社
「平清盛 上陸の地」
末社 神明社
天照大御神が祀られています
末社 稲荷社
後で知ったのですが、この稲荷社の玉垣は昔の映画俳優の方々が奉納されたそうです。
正面に見えてる「澤田 清」と言う方はこの駒ヶ林出身だそうです。
いかなごのくぎ煮発祥の地
子どもの頃からよく食べてますが、ここ数年は高騰して
思いっきり食べられないんですよね。
御朱印
はさみ紙
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