ふくしょうじ(すまでら)|真言宗須磨寺派|上野山
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楽しみ方福祥寺(須磨寺)のお参りの記録一覧(4ページ目)

(新西国三十三観音24番札所)
(摂津国三十三観音7番札所)
(真言宗十八本山2番札所)
(摂津国八十八ケ所88番札所)
(神仏霊場巡拝の道兵庫7番札所)
(役行者霊跡35番札所)
(福原西国三十三観音7番札所)
(神戸十三仏11番札所)
(神戸七福神 福禄寿尊)
源平合戦の舞台にもなった、ゆかりの地です。
平敦盛公の首塚や源義経公の腰掛松など、今なお往時の痕跡が残っているのに感慨深いです。
境内もとても立派です。

御朱印 役行者霊跡35番

御朱印 福原西国三十三観音7番

御朱印 神戸六地蔵客番

御朱印 神戸七福神 福禄寿

御朱印 神仏霊場巡拝の道兵庫7番

御朱印 神戸十三仏11番

御朱印 摂津国三十三観音7番

御朱印 摂津国八十八ケ所88番

御朱印 真言宗十八本山2番

御朱印 新西国三十三観音24番

龍華橋と仁王門

仁王門

金剛力士像(阿形)

金剛力士像(吽形)

境内図

阪神大震災慰霊碑

千手観世音菩薩像

弘法岩

敦盛公所持 青葉の笛 高麗の笛

敦盛公 釣灯籠

源平の庭

唐門

鐘楼

弁慶の鐘について

福禄寿尊像

写経輪堂

十三重石塔

護摩堂

本堂

寺務所

大師堂

義経公腰掛の松

腰掛の松について

八角堂

書院

弁財天女社

神戸十三仏 阿閦如来像

出世稲荷社

出世稲荷社について

お遍路お砂踏み場

三重塔

五猿

五猿について

親子地蔵堂

親子地蔵について

きんぽとん童子像

きんぽとん童子について

一畑薬師如来堂

敦盛公首塚

首塚について

奥の院に登ってきました。
そこにあるから登るのです!
きちんと整備されていますが、めっちゃ暑かったです。
汗ダラダラで💦ひたすらに登り、そう遠くはないのですが、息切れ激しく😮💨
往路は、七福神様の祠にお参りしながら、復路は十三仏様にお参りしながらでした。
奥の院本堂は、下とは違い、一人も居られず、逆にゆっくりお参りできました。

往路 恵比寿尊祠

往路 毘沙門天尊祠

往路 大黒天尊祠

往路 布袋尊祠

往路 寿老人尊祠

奥の院 祠

奥の院 本堂

由緒

奥の院 地蔵堂

奥の院 高野山奥の院遥拝所

奥の院 稲荷社

弘法大師像

今回のゴールデンウィークは、緊急事態宣言中のため遠出ができない!
そこで近場でできることとして、神戸六地蔵巡りをしてみました。
第一番霊場 太山寺(天台宗)
第二番霊場 潮海寺(天台宗)
第三番霊場 地蔵院(禅宗)
第四番霊場 慶明寺(禅宗)
第五番霊場 長福寺(真言宗)
第六番霊場 西光寺(真言宗)
客番 須磨寺(真言宗)
順番通りにお参りする必要もないことと、ちょっと諸事情もあり須磨寺(福祥寺)を最初にお参りさせていただきました。
ここで神戸六地蔵巡礼帳(300円)を入手して、いざ巡礼開始です。
久しぶりの須磨寺ということもありじっくりお参りしたかったのですが、とにかく広くて見どころ満載のため、今回は手早くお参りして近日中にまた寄らせていただきたいと思います。

仁王門前の龍華橋

龍華橋より

仁王力士
運慶、湛慶の作と伝えられています

仁王力士

仁王門をくぐって右側の千手観世音菩薩

弘法岩五鈷水
手水舎なんですが、柄杓は撤去されていました

唐門
この唐門の彫刻だけでも十分見入ってしまいます

本堂前の線香台

本堂
慶長7年(1602年)に豊臣秀吉が再建したものですが、そこまで古さを感じません

福禄寿尊

写経輪堂
中に写経が納められていて、お堂自体を回すことで功徳をいただけるそうです。

源義経腰掛の松

大師堂
線香台を支える童子
写真では判りにくいですが、阿吽になっています

石五仏(五智如来)

奥ノ院参道に置かれた狛犬・・・と言っていいのかな?
東南アジアで購入されたものとパンフに書かれていました。
何か惹かれるものがあります。

三重塔
昭和59年に、弘法大使1150年忌、平敦盛800年忌、開創1100年を記念して再建されたものだそうです。

親子地蔵
今回は六地蔵巡りなので、このお地蔵さんを拝むまでは帰れません。

「須磨の仇波」の実在の女主人公川愛子、初音親子の霊を慰めるために造立されたそうです。

きんぽとん童子
きんぽとんって何だ???
金太郎の「金」、浦島太郎の「浦(ぽ)」、敦盛の「敦(とん)」だそうです。

六地蔵菩薩


六地蔵巡礼の御朱印
一番左が須磨寺です

六地蔵巡りの授与品です
左から、パンフ、供養幡、お線香、マスク
お線香はヒノキのいい香りがします。


おまけ
龍華橋の手前にある亜細亜万神殿




神戸市須磨区にある真言宗須磨寺派の大本山の寺院。
源平合戦・一の谷の戦いで源義経が本陣を置いた場所としても有名で、義経が腰掛けた松や、平敦盛と熊谷直実の一騎打ちを再現した枯山水庭園など源平ゆかりのものが多くありました。

本堂:1602年に豊臣秀頼の寄進により再建

源平の庭

唐門

仁王門:平安時代末期、源頼政により再建

龍華橋

三重塔

奥の院

神戸七福神では福禄寿尊をお祀りしています。
平安時代初頭、淳和天皇の勅命により和田岬の沖で網に掛った聖観音像を安置するため、恵偈山北峰寺が建立された。
その後、仁和2年(886年)光孝天皇の勅命によって上野山福祥寺を建立。北峰寺より聖観世音菩薩像を遷して福祥寺の本尊としたのが始まり。
昔より須磨寺と呼ばれ親しまれている真言宗のお寺で、須磨寺派大本山です。




青葉殿





五猿
頭を撫でると手が動きます


出世稲荷


ひとすじ辨財天

八角堂

八角堂

本坊

大師堂

納経所


本堂

護摩堂

弁慶の鐘

写経輪堂


神戸七福神

厄除大師

蓮生院


鯖大師本坊

鯖大師 由来

五鈷水

観音池



正覚院

亜細亜万神殿

神殿内

神殿内

神殿内

神殿内

神殿内

神殿内

神殿内

神殿内

仁王門



櫻壽院

源平の庭

わらべじぞう











この辺だとまあ安価な方で宗派関係なくお墓が建てれることで有名な「須磨寺」
仁王門横と兵庫r21沿いに駐車場があるが、仁王門だと有料で兵庫r21沿いだと無料。
ただ兵庫r21だと本堂まで結構な坂道下るので大変。
仕事で参拝しに来たので記録。
仕事柄何でも屋みたいな感じでなんでもさせられてるんだが、まさか須磨寺を案内させられるとは思わなかった。。。
興奮を抑えながらキモいなって思われない程度の案内にとどめると、いつもとは違った須磨寺が観れたのでそれはそれで楽しかったです。

大師堂前の焼香台を支える小僧。
遠くから見たらかわいい〜(・´з`・)って思って近づいたら全然可愛くなかった。

お地蔵さん

源平の庭後ろから

親子地蔵

クマ
源平ゆかりの須磨寺に来ました。
敦盛の首塚に手を合わせ、熊谷直実が持ち帰った青葉の笛を拝見しました。源平の歴史の宝庫ですが、子どもを意識した楽しい仕掛けも多く、宝物殿も含めて無料。副住職のユーチューブでの法話も楽しいですし、アグレッシブな姿勢を強く感じます。

新緑の中にそびえる三重塔

義経が腰掛けて敦盛の首実検をしたという松。表面は牛や馬の肌のような滑らかさを感じます。

本堂。靴を脱がずに上がることができ、この寺には至るところに体に配慮したユニバーサルデザインを感じます。豊臣秀頼が再建し片桐且元が建築奉行を務めたそう。且元といえばNHK葵三代の小林稔侍。お堂の奥から稔侍さんが「あいやしばらく」と出てきそう。

5月の柔らかないい風。せせらぎの音も優しい

敦盛の首を洗った池。

太子堂の屋根の上にも緑が迫っています。大正時代、現朝日生命のエリートサラリーマンだった尾崎放哉氏が俳人になり、堂守として住んだといいます。「こんなよい月をひとりで見て寝る」。そのような心境にはなかなかなれないですが。

寺で日本文化を英語で学ぶテンプリッシュ。いろいろ「攻めてる」寺です。

子供も大人も楽しいアミューズメントパークのよう。

昔、教科書で習った場面です。

句碑もあちこちに。これは蕪村。

弘法岩


門前の商店街を海側に下ると山陽電車須磨寺駅前に平氏軍副大将重衡のとらわれの松跡がありました。敦盛にしろ平氏は軍人よりも文人だったのでしょう。


須磨で結核の療養をしていた子規。病床から見た蚊帳の外の世界の景色はさぞ鮮烈だったのでしょうか。

春のピンクも秋の赤もいいですが、緑が一番いい。

見ざる、言わざる、聞かざるに加え、見てござる、おこらざる。中央のサルが双眼鏡で見てござる。
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