ふくしょうじ(すまでら)|真言宗須磨寺派|上野山
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楽しみ方福祥寺(須磨寺)のお参りの記録一覧
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新西国三十三箇所霊場「須磨寺」
仁王門をくぐり左右に塔頭と他のお寺をくぐり、階段を登れって唐門をくぐれば本堂。
境内は結構広い源平ゆかりのお寺なので、色々見所はある。
この時は時間がなかったのでさくっとお参りし、数年前にできた「亜細亜万神殿」を見に参拝。仁王門より手前にある。
2015年に起きたネパールの大震災の復興の祈念堂でもあり、アジア各地から集めた石仏が収められているんだとか。
入り口入って左手に、、、ストゥーパ?と誕生仏。左右に摩耶車が並ぶ。
お祈りの仕方が載っている。
右手に石仏がたくさん並ぶが、東南アジアの神さまなんので全然わからないが、面白いです。
須磨寺とネパールが交流あっての祈念堂だと思うが、字が読めなかった。


真言宗須磨寺派大本山。神仏霊場巡拝と新西国三十三箇所巡りにて参拝させて頂いております。
源平合戦の地にあるため、平敦盛と熊谷次郎直実の銅像があります。子供のころは「侍の鎧、カッコええな~!」ぐらいにしか思っていませんでした。
そんななか、信長が好んで舞ったとされる「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」で有名な能の「敦盛」が平敦盛と知ったときの驚きたるや。
鎌倉仏教は末法思想から生まれましたが、その末法の世こそ源平合戦に体現されています。
鎌倉新仏教であり日本オリジナルと言える浄土宗の開祖、法然さんに弟子入りしたのが、その平敦盛を泣く泣く手にかけた熊谷次郎直実と知り、さらに驚きました。
浄土宗や浄土真宗は世界の信仰の中でも「無条件の救済」のレベルが高い信仰体系になります。
それはすなわち、人が人であることが難しかった時代に生まれた信仰の特徴を表しています。それゆえ自分の手を若者の血で汚した直実のような「殺人者」の苦悩すら救済すべく「南無阿弥陀仏」という一点突破を法然さんがされたことに大きな意味があります。
たとえ比叡山から追われても「既存の仏教では救われない人々を救う」という法然さんの慈悲より起こる不屈の気迫が「南無阿弥陀仏」に宿っているように思えてなりません。
そして直実をはじめどれほど多くの人が法然さんに救われたのかは、その後の浄土信仰の隆盛をみるに容易に想像ができます。
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義経の足跡を訪ねてここにもお参りしました。
須磨は「一の谷合戦」の地がある場所。
あれですよ、背後は絶壁の山だから敵は来ないだろうと安心していた平家軍の意表を突いて、馬で駆け下りてきたという話ですね。
そしてここは義経には関係が無いのですが、その合戦で敦盛は、源氏の武将の熊谷直実に討たれ16歳で命を落としました。
後に直実は息子と同じ年代の敦盛を殺したことに耐え切れず、京都の法然を訪ね、出家しています。
その敦盛の首塚がありますが、北条貞時が平家一門を供養するために建立し「あつめ塚」が「あつもり塚」という事になったという話もあります。
ここには敦盛愛用の「青葉の笛」があります。
そして境内には「源平の庭」と言うのがありまして、敦盛と直実の銅像が建っています。
それにしてもここ。おもちゃ箱のようなお寺さんで、子供連れの参拝客が多く、子供の成長を願う方々に信仰されているようです。
お経が入っている輪堂のレプリカ(?)をグルングルンお子さんが回しているのは、ちょっとおもしろかったですね(笑)
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