おんせんじ|黄檗宗|有馬山
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黄檗宗 有馬山 温泉禅寺
僧行基が神亀元年(724年)に建立したと伝えられる元々は真言宗のお寺です。
なぜ黄檗宗になったかというと、
戦国時代の戦火により一度荒廃した温泉寺ですが、豊臣秀吉公が有馬温泉を復興させ、天正18年(1590年)に北政所が温泉寺を再建します。
そして秀吉公はこの温泉寺の阿弥陀堂にて有馬大茶会を開催したそうです。
ところが明治初めの廃仏毀釈により廃寺となり、薬師堂以外の堂塔が破却されるという事態に陥ります。
その後、旧温泉寺の奥の院だった清涼院(黄檗宗)が後継寺院として継いだため黄檗宗となったそうです。
前回お参りした際には本堂のガラス戸が閉まっていたためよくお顔が見えなかった御本尊の薬師如来様ですが、今回ははっきりとお顔を拝むことができました。
とても優しいお顔をされていましたよ。
この薬師如来様の周りには国の重文指定となっている木造波夷羅大将立像が守護する形で祀られています。
温泉客や観光客は徐々に戻りつつあるのか、周辺のお土産屋さんなどは結構賑わっていました。
ただお寺の境内まで入って手を合わせる方は1割もいらっしゃらないのがちょっと残念ですね。

黄檗宗 有馬山 温泉禅寺
神亀元年(724年)、僧行基による建立。
元々は真言宗だったとのこと。
有馬温泉と行基の関係について。
(以下、一部有馬温泉龍泉閣HPより)
行基が伊丹の昆陽池を築造していたころ、一人の病人と出会いました。
行基がどうしたのか?と声をかけると、「有馬の湯に入って病気を治したいが、食べ物を買うお金がありません。その上、わたしは、新しい魚しか食べられないのです。」というので、行基は新しい魚を買って病人に食べさせました。
次に「皮膚が痛くてたまりませぬ。あなたの情けで肌をなめてください。」というので、行基は肌をなめてやったそうです。
すると、病人から光が放たれ薬師如来になったそうです。
「私は温泉山の薬師如来です。あなたの情け深い心には感心しました。これから、有馬に行って、病の人々を助けてあげなさい。私もそれを助けましょう。」そう言うと如来様は、さっと消えてしまいました。
それを聞いた行基は有馬に向かい、温泉寺を建立し、自ら薬師如来を彫りお祀りしました。
本堂内にはご本尊の薬師如来様がいらっしゃいましたが、ガラス戸で反射してうまく写真が撮れなかったため掲載はしておりません。
神戸市北区有馬町1643
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