なかふらのじんじゃ
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上富良野神社に続いて、中富良野神社に向かいました。
中富良野神社には、令和4年以来の参詣です。
境内の駐車場に車を置いてから、いったん石段を下りて一の鳥居に向かいました。
この鳥居には大注連縄が取り付けられています。
フラヌイ大注連縄と呼ばれ、大注連縄保存同志会により奉納されたものです。
フラヌイ大注連縄は北海道神宮にも奉納されており、神門に取り付けられています。
フラヌイ大注連縄を眺めた後、参道の石段をゆっくり上りました。
ちょっと歩きづらい石段なので、慎重に上りました。
拝殿でお参りをし、境内社の豊受稲荷も参りました。
それから社務所に向かい、御朱印をお願いしました。
初穂料はお書入れは500円、書置きは300円とのことでした。
御朱印の種類により初穂料が違うというケースはよくありますが、同じ御朱印がお書入れと書置きで初穂料が違うというのは初めてでした。
私は迷うことなくお書入れをお願いしました。
やがて書きあがった御朱印を拝受し、中富良野神社を辞しました。
長い階段を上がると斜面を完全防備の方が絶賛草刈り中。
社務所はお留守でした。
御朱印はさっくり諦めて冨田ファームへ
注連縄なかった😢
ファーム富田。早咲きのラベンダーが見頃でした。
こちらは神社に近いラベンダー園。
歴史
明治34年8月20日、上富良野村字中富良野市街地31番地、即ち、現在の3町内農協所有地にあった古木(水松)の根本に木柱を建てて、天照皇大神を祀ったのが初めである。明治36年東1線4号に移祀するも度重る水害の為不適当であったので、明治45年本町基線北13号の高台に社殿を造営して遷座したが、大正14年市街三町内に遷座、大正15年6月14日創立認可となり、昭和2年に村社に列せられる。御祭神は大正14年8月札幌神社より御分霊を奉遷申上げ天照大神、大国魂神、少彦名神3柱の大神を奉斎した。昭和37年9月17日現在地にかねてより造営移転計画のあった当町基線北14号の小高い山上に社殿を造営し遷座祭を執行した。昭和50年に御創祀75周年・御創立50周年にあたり、記念碑の建立、社史の編纂をする。平成12年には御創祀百年を迎える。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
鹿討神社 八幡神 明治30年創祀 昭和39年7月24日 西中神社 天照皇大神 明治42年9月創祀 昭和37年合祀
名称 | 中富良野神社 |
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読み方 | なかふらのじんじゃ |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 0167-44-2612 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
ご祭神 | 《主》天照大神,《配》大国魂神,少彦那神 |
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創建時代 | 明治34年(1901)8月20日 |
本殿 | 流造 |
ご由緒 | 明治34年8月20日、上富良野村字中富良野市街地31番地、即ち、現在の3町内農協所有地にあった古木(水松)の根本に木柱を建てて、天照皇大神を祀ったのが初めである。明治36年東1線4号に移祀するも度重る水害の為不適当であったので、明治45年本町基線北13号の高台に社殿を造営して遷座したが、大正14年市街三町内に遷座、大正15年6月14日創立認可となり、昭和2年に村社に列せられる。御祭神は大正14年8月札幌神社より御分霊を奉遷申上げ天照大神、大国魂神、少彦名神3柱の大神を奉斎した。昭和37年9月17日現在地にかねてより造営移転計画のあった当町基線北14号の小高い山上に社殿を造営し遷座祭を執行した。昭和50年に御創祀75周年・御創立50周年にあたり、記念碑の建立、社史の編纂をする。平成12年には御創祀百年を迎える。
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