なかふらのじんじゃ
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この日は中富良野駅からJRヘルシーウォーキングのいつでもコースを歩きました。
ショートコースを歩き、その終盤には中富良野神社前を通ります。
もちろん、参詣しました。
フラヌイ大注連縄のかかる一の鳥居をくぐり、石段を上ります。
この石段が急なうえにけっこう壊れていて、なかなか緊張感のある石段です。
その石段の途中には狛犬もいます。
石段を上りきると、境内にはシバザクラが広がっていました。
なんだか気持ちよくなり、拝殿に進んでお参りをしました。
それから境内社の豊受稲荷大神をお参りします。
とくに豊受稲荷の鳥居周辺のシバザクラがきれいに咲いていました。
お参りを済ませて中富良野神社を辞して、ウォーキングに戻りました。











長い階段を上がると斜面を完全防備の方が絶賛草刈り中。
社務所はお留守でした。
御朱印はさっくり諦めて冨田ファームへ






注連縄なかった😢

ファーム富田。早咲きのラベンダーが見頃でした。

こちらは神社に近いラベンダー園。
境内・文化財
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9月5日 例祭
例祭・神事をもっと見る|歴史
明治34年8月20日、上富良野村字中富良野市街地31番地、即ち、現在の3町内農協所有地にあった古木(水松)の根本に木柱を建てて、天照皇大神を祀ったのが初めである。明治36年東1線4号に移祀するも度重る水害の為不適当であったので、明治45年本町基線北13号の高台に社殿を造営して遷座したが、大正14年市街三町内に遷座、大正15年6月14日創立認可となり、昭和2年に村社に列せられる。御祭神は大正14年8月札幌神社より御分霊を奉遷申上げ天照大神、大国魂神、少彦名神3柱の大神を奉斎した。昭和37年9月17日現在地にかねてより造営移転計画のあった当町基線北14号の小高い山上に社殿を造営し遷座祭を執行した。昭和50年に御創祀75周年・御創立50周年にあたり、記念碑の建立、社史の編纂をする。平成12年には御創祀百年を迎える。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
鹿討神社 八幡神 明治30年創祀 昭和39年7月24日 西中神社 天照皇大神 明治42年9月創祀 昭和37年合祀
| 名称 | 中富良野神社 |
|---|---|
| 読み方 | なかふらのじんじゃ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 電話番号 | 0167-44-2612 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》天照大神,《配》大国魂神,少彦那神 |
|---|---|
| 創建時代 | 明治34年(1901)8月20日 |
| 本殿 | 流造 |
| ご由緒 | 明治34年8月20日、上富良野村字中富良野市街地31番地、即ち、現在の3町内農協所有地にあった古木(水松)の根本に木柱を建てて、天照皇大神を祀ったのが初めである。明治36年東1線4号に移祀するも度重る水害の為不適当であったので、明治45年本町基線北13号の高台に社殿を造営して遷座したが、大正14年市街三町内に遷座、大正15年6月14日創立認可となり、昭和2年に村社に列せられる。御祭神は大正14年8月札幌神社より御分霊を奉遷申上げ天照大神、大国魂神、少彦名神3柱の大神を奉斎した。昭和37年9月17日現在地にかねてより造営移転計画のあった当町基線北14号の小高い山上に社殿を造営し遷座祭を執行した。昭和50年に御創祀75周年・御創立50周年にあたり、記念碑の建立、社史の編纂をする。平成12年には御創祀百年を迎える。
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| ご利益 | 縁結び・恋愛成就学問の神様・合格祈願商売繁盛厄除け交通安全家内安全 |
| 体験 | おみくじお宮参り絵馬七五三御朱印お守り |
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