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ふみづきいなりじんじゃ

文月稲荷神社の御由緒・歴史
北海道 渡島大野駅

ご祭神倉稲魂命
ご由緒

文月稲荷神社の勧請年は定かでないが、元禄5年(1692)に南部野田村から来た作右衛門がこの地で米を収穫した事実や、境内にある杉の巨木が樹齢300年以上と推定されることから、勧請はそのころではないかと思われる。祭神は倉稲魂命で、例大祭は8月26日である。
 松前藩10代藩主章広が文政6年(1823)に再建を命じた記録があり、同年に自ら揮毫した「正一位文月白狐稲荷大明神」の社号額や再建の由来を記録した由来額、完成を祝った俳句額が納められ、市の指定文化財となっている。
 また文政7年に紀州紀伊国本宮の神官が松前、箱館へ渡来した形跡があり、文月の先祖の人々は社格の認定と本宮の権威ある神官に拝んでもらおうと、神官を呼び寄せたと見られ、同年4月27日付の社格認定書が残されている。
 松前藩主は徳川幕府直轄時代から有珠の善光寺に将軍家の供進使として代参し、その途中、休憩を兼ねて文月神社に参詣した。文月には藩主がしばしば鷹狩りにも訪れており、文月の白狐稲荷、湊(旧銭亀沢村)の石倉稲荷、江差笹山の直満稲荷は、松前藩下の三代稲荷と称された。

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