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名鉄御朱印めぐり御朱印帳発売中

かめだはちまんぐう

亀田八幡宮

北海道 千代台駅

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0138-41-5467

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

あり

おすすめの投稿

おがまん@小笠原章仁
2021年11月24日(水)
639投稿

亀田龍神社を後して、亀田八幡宮を目指しました。
箱館戦争の降伏式の舞台となったという亀田八幡宮。
五稜郭に向かう前に立ち寄らないわけにいきません。

一の鳥居には奉納年が刻まれていますが、弘化4丁未年となっています。
そう言われてもピンときませんが……1847年でした。
土方歳三が12歳、渋沢栄一が7歳のころです。
ちなみに奉納したのは箱館奉行だそうです。

函館まで来てもさすがに紅葉は終わったなと思っていたのですが、亀田八幡宮の境内に入るとまだかろうじて残っていました。
足元を見るとつぶれた銀杏もたくさんありましたが……マスクをつけていなかったら大変だったかもしれません。

参道の正面には立派な拝殿がありますが、脇には文久3年に改築されたという旧拝殿も残されています。
こちらには明治2年に境内が戦場となったときのものという生々しい弾痕も残っています。
まさに激動の箱館戦争の歴史遺産と言えます。

参拝後、社務所に行き御朱印をいただきました。
コロナの影響でしょうか、書置きとなっていましたが、ありがたく拝受しました。

亀田八幡宮の鳥居亀田八幡宮の建物その他亀田八幡宮(北海道)亀田八幡宮の手水亀田八幡宮の手水亀田八幡宮の狛犬亀田八幡宮の狛犬亀田八幡宮の本殿

旧拝殿

亀田八幡宮の本殿

旧拝殿の内部

亀田八幡宮(北海道)

現拝殿

亀田八幡宮(北海道)

境内社 函館薬祖神社

亀田八幡宮の狛犬亀田八幡宮(北海道)亀田八幡宮(北海道)亀田八幡宮の狛犬亀田八幡宮の末社

境内社 亀田稲荷大明神

亀田八幡宮(北海道)亀田八幡宮の狛犬
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ぱん吉🍀
2021年12月18日(土)
494投稿

渡島半島南部⑯函館『亀田八幡宮』 
広い厳かな雰囲気の境内には、本殿と旧拝殿があり、函館薬祖神社と亀田稲荷神社もお祀りされています。
ギュッと詰まった函館の街の中では珍しく、境内だけでなく駐車場もとても広いです。

例大祭の立派な御朱印を拝領して社務所を出ると、隣で御守をいただいていた男性に「御朱印はどうすればもらえるのだろう、、」と尋ねられました。どうもこちらの神社は御朱印帳を置いていないらしく、スタートに失敗してから困っていたご様子。立派な神社だったので少し意外でした。御朱印帳について大雑把に説明しましたが、予備の御朱印を持っていたら譲りたいくらいでした。その後が気になる参拝の思い出です。

亀田八幡宮(北海道)

季節感ある美しい手水でしたが、さっさと投稿しなかったので冬になってしまいました、、

亀田八幡宮の御朱印

例大祭〜書置きですが
力強い素敵な御朱印☆

亀田八幡宮の鳥居

『一ノ鳥居』弘化四年に函館奉行が奉納した大鳥居

亀田八幡宮の本殿

明徳元年の御創祀と伝えられる。蝦夷地大乱の時、松前藩4代慶広が南部大澗より渡来の智楽院(藤山家の祖先)に七飯村藤山頂上で必勝祈願をさせ大勝し、その時アイヌ勢が七重浜の柏樹草木を軍勢と見て降参したのは八幡宮の加護として松前藩の祈願所に定めた。函館戦争では境内も戦場となり、幕軍榎本武揚・大鳥圭介等がこの八幡宮神殿で降伏の誓約を誓い戦争が終結した。

亀田八幡宮の狛犬

『村橋直衛』薩摩藩士~函館戦争の終結に尽力。日本初の低温発酵ビールを製造した「開拓使麦酒醸造所」の設立に携わった。

亀田八幡宮の狛犬

『狛犬さん』五稜郭や弁天台場を手掛けた石工の作品

亀田八幡宮(北海道)

『本殿』御祭神~誉田別命

亀田八幡宮(北海道)

『旧拝殿』文久三年に改築され現在も残されています。
こちらのモニュメントは『黒田清隆』

亀田八幡宮の本殿亀田八幡宮(北海道)亀田八幡宮(北海道)

手水舎

亀田八幡宮(北海道)亀田八幡宮(北海道)

二ノ鳥居

亀田八幡宮の末社

『亀田稲荷大明神』御祭神~宇迦之魂神

亀田八幡宮(北海道)

大小の狐様~微笑ましい家族みたいな様子でした

亀田八幡宮(北海道)

『函館薬祖神社』御祭神~少彦名神

亀田八幡宮の建物その他亀田八幡宮の建物その他亀田八幡宮の鳥居
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亀田八幡宮の基本情報

住所北海道函館市八幡町3-2
行き方

「宮前町」バス停下車 徒歩5分

アクセスを詳しく見る
名称亀田八幡宮
読み方かめだはちまんぐう
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号0138-41-5467
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
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詳細情報

ご祭神《主》誉田別命
本殿流権現造
ご由緒

明徳元年越前国敦賀郡気比神宮より、八幡大神の御分霊を同国笠原右源太が当地に奉遷。その後河野加賀守森幸が、右源太の孫左衛門をして本殿造営をしたが、松前藩祖信広との戦乱の為祭祀営繕不能となる。蝦夷地大乱の時、松前藩4代慶広が南部大澗より渡来の智楽院(藤山家の祖先)に七飯村藤山頂上で必勝祈願をさせ大勝し、その時アイヌ勢が七重浜の柏樹草木を軍勢と見て降参したのは八幡宮の加護と、藩祖信広の大弓半弓矢を奉納、正月6日の法楽神事を仰付け、七重浜の柏樹林の伐採を禁じ、松前藩の祈願所に定めた。慶長8年10月本殿拝殿を建立(現神輿殿・文久2年8月改築)。毎年祭祀料玄米25俵、各村の役納を仰付け大祭毎に代参。明治元年蝦夷統督清水谷侍従参拝。戊辰戦争では、幕軍榎本武揚・大鳥圭介等が当宮神殿で降伏を誓約。同2年8、12月侍従東久世通禧参拝。同9年郷社。同15年有栖川宮一品幟仁親王御真筆の奉納。同41年神饌幣帛料供進神社に指定。

Wikipediaからの引用

概要
亀田八幡宮(かめだはちまんぐう)は、北海道函館市八幡町にある神社。旧社格は郷社。祭神は誉田別命。
歴史
歴史[編集] 神輿殿(旧本殿)。手前右に立つのは「箱館戦争降伏式之地」記念碑。 創建年は諸説あり、松前藩の記録『福山秘府』によれば「時期不明」とあり[1]、1690年(元禄3年)の神社調では「今から100年前くらいからある」となっている[2]。一方、神社の由緒では、1390年(明徳元年)、河野加賀守森幸が氣比神宮から八幡神を奉遷したと伝わる[1]。なお北海道神社庁では、奉遷したのは越前国の笠原右源太としている[3]。 コシャマインの戦いの際、武田信広が祈願したところ、七重浜に生えていた柏が軍勢に見えたため、アイヌが降伏したとの伝説がある[4]。その後、1594年(文禄3年)に松前藩の...Wikipediaで続きを読む
アクセス
アクセス[編集] 函館バス「宮前町」徒歩5分。
引用元情報亀田八幡宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E4%BA%80%E7%94%B0%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE&oldid=68778735

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