てしおいつくしまじんじゃ
天塩厳島神社北海道 安牛駅
- 参拝時間
- 参拝:24時間
- 駐車場
- 社務所前 3台ほど
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楽しみ方

天塩町川口にある厳島神社。
天売焼尻島行きのフェリーに乗れなくなったことで図らずも留萌管内の最北まで来てしまいました。
境内がものすごく広いことにびっくり。正面は広場のように開けていますが参道を進むと森になっています。社殿前の境内は整備されていて末社のお稲荷様と金比羅様が祀られていました。歴史を感じられる社殿は天塩町の指定有形文化財。
参拝後に社殿の左にある社務所で御朱印を頂きました。普段は直書きですがその日は用意されてなかったようで書き置きのものを頂きました。御朱印と一緒に神社本庁が出している神道の基礎知識御朱印編の本も頂き神職さんから御朱印について理解して欲しいと熱弁されました。
天塩厳島神社は文化元年9月1日(1804)紀伊国有田郡栖原村出身栖原角兵衛が水戸藩のサケ・マス漁場経営のために天塩川河岸に運上所を開設する際、守護神として「市杵島姫命」の御分霊を迎えたと伝えられる。明治9年村社と公称し、明治43年社殿を川口基線に建立、同年7月16日に遷座祭を執行した。大正14年12月本殿造営起工。翌15年6月完成。昭和2年9月9日に内務省令をもって郷社の社格に列せられ、さらに昭和15年春拝殿を改築し参道両側に神灯1対を設けた。文化元年当時西エゾ領はまだ松前藩領で水戸藩の領地支配になったのは明治2年8月から2年間だけである。天塩領は松前藩の家老職の家柄である松前内記の知行地で栖原屋は歴代その場所請負人だった。文化元年の天塩場所は6代目角兵衛の支配人栖原彦兵衛の請負で同人が配下に命じてこれを祀ったものであり水戸藩の運上屋とするのは誤りである。
| 住所 | 北海道天塩郡天塩町川口基線1226 |
|---|---|
| 行き方 | 幌延駅から沿岸バス乗車30分 天塩町ターミナル下車 |
| 名称 | 天塩厳島神社 |
|---|---|
| 読み方 | てしおいつくしまじんじゃ |
| 通称 | 弁財天さん |
| 参拝時間 | 参拝:24時間 |
| トイレ | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 01632-2-1036 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| おみくじ | あり |
| ご祭神 | 《主》市岐島姫命 |
|---|---|
| 本殿 | 神明造 |
| ご由緒 | 天塩厳島神社は文化元年9月1日(1804)紀伊国有田郡栖原村出身栖原角兵衛が水戸藩のサケ・マス漁場経営のために天塩川河岸に運上所を開設する際、守護神として「市杵島姫命」の御分霊を迎えたと伝えられる。明治9年村社と公称し、明治43年社殿を川口基線に建立、同年7月16日に遷座祭を執行した。大正14年12月本殿造営起工。翌15年6月完成。昭和2年9月9日に内務省令をもって郷社の社格に列せられ、さらに昭和15年春拝殿を改築し参道両側に神灯1対を設けた。文化元年当時西エゾ領はまだ松前藩領で水戸藩の領地支配になったのは明治2年8月から2年間だけである。天塩領は松前藩の家老職の家柄である松前内記の知行地で栖原屋は歴代その場所請負人だった。文化元年の天塩場所は6代目角兵衛の支配人栖原彦兵衛の請負で同人が配下に命じてこれを祀ったものであり水戸藩の運上屋とするのは誤りである。 |
| 体験 |

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