ことひらちすいじんじゃ
金刀比羅治水神社北海道 滝川駅
参拝/24時間
駐車場 | 境内前 | ||
---|---|---|---|
御朱印 | - | ありません |
滝川駅から1キロ強、歩いたところにある神社。
無人の神社で、社殿はシャッターが下ろされていて、賽銭できませんでした。
隣には空知沿岸交通神社があります。
御朱印はないようです。
社殿はシャッター下ろされていて賽銭ができず。
空知沿岸交通神社の隣には金刀比羅治水神社がありました。
この神社は明治40年に讃岐金刀比羅宮の御分霊を奉祀したのを起源とするということで、大変由緒のある神社です。
往時は石狩川・空知川の水運が物資輸送の主要な手段であり、水難による犠牲者の霊を祀るために金刀比羅宮の御分霊奉祀に至ったという経緯のようです。
古い社号標には金刀比羅神社として刻まれていますが、鳥居には金刀比羅治水神社と刻まれています。
GoogleMapには金刀比羅治水神社と記載されていますが、北海道神社庁のホームページを見ると金刀比羅神社と記載されています。
どちらが正しいのでしょうか?
名称 | 金刀比羅治水神社 |
---|---|
読み方 | ことひらちすいじんじゃ |
参拝時間 | 参拝/24時間 |
トイレ | なし |
御朱印 | なし |
ご祭神 | 大物主命(おおものぬしのみこと) |
---|---|
創建時代 | 明治40年(1907)8月10日 |
本殿 | 神明造 |
ご由緒 | 当神社は明治40年8月10日讃岐金刀比羅宮の御分霊を奉祀したのを起源とする。往時内陸部における物質の輸送は石狩川・空知川の水運をもっての舟便・流送がその主要な手段であり、明治35年頃からこの北空知太が雑穀・木材・米噌など諸物資の中継集散地となりその往来は隆盛を極めた。この回漕・流送の業に従事したのはその大半が富山県から移住した当地開拓の先駆者であったが、当時芦別迄遡行するのに船を引綱で曳き、或いは船棹で突くなどして実に15時間も要したと言われ、又遠く幌加内・金山迄遡って木材の流送に従うなど身を挺し心血を注ぐ想像を絶する辛苦と困難に終始したと思われる。この様なことから水難による犠牲者もあり、その霊を祀ると共に家業の守護神として金刀比羅神社建立の議が有志の間に起こり御分霊奉祀に至ったものである。 |
体験 | 祭り |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
2
0