ごこくしじ|高野山真言宗|雄総山
護国之寺のお参りの記録一覧
岐阜夏詣の間に寺巡り、岐阜市長良雄総の高野山真言宗護国之寺卍
金華山の北東約3km、長良川鵜飼い大橋の北側。
天平18年(746)、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創。
国宝・金銅獅子唐草紋鉢の拝観は、1月と8月の18日午前に✨
楼門近くにも駐車場があるようですが、庫裏前の駐車場まで上がってしまったので、一度歩いて下りてから参拝開始です💦
御朱印は御本尊の千手観音と、干支の守り本尊(書置き)をいただきました🖌️
楼門
金剛力士像
楼門から階段を上がり👣
本堂へ
おみくじは大吉でした🎉
鎌倉時代末期の宝篋印塔
慈光霊廟(永代供養納骨堂)
慈光霊廟前から岐阜城を👀
奥之院
岐阜城から護国之寺を見るとこんな感じ。
霊廟と奥之院は確認できます🙆
御本尊の御朱印
干支の守り本尊には「ほんわか」と「凛」の2種類が用意されてて、こちらは「ほんわか」🐰
毎月最終金曜は岐阜市のプレミアムフライデーということで
特別な御朱印をお授けいただけるようです。
直書きで拝受しました。
基本の御朱印「千手観音」です。
直書きで拝受しました。
限定御朱印「国宝・金銅獅子唐草草文鉢」です。
書き置きで拝受しました。
限定青台紙御朱印「国宝・金銅獅子唐草草文鉢」です。
書き置きで拝受しました。
限定青台紙御朱印「両界曼荼羅図 (胎蔵曼荼羅)」です。
書き置きで拝受しました。
限定青台紙御朱印「両界曼荼羅図 (金剛界曼荼羅)」です。
書き置きで拝受しました。
限定御朱印「千手観音 (子-2)」です。
麓にある寺号標と山門。
ここから本堂までは少し階段で上ります。
山門には立派な阿吽像が。
本堂正面の様子。厳かな雰囲気です。
永代供養納骨霊廟の慈光霊廟。
とてもきれいな作りをしています。
慈光霊廟の横にはマニ車と鐘が。
県重文の宝篋印塔です。
庫裏からさらに登ると奥の院があります。
境内からは岐阜城が望めます。
これに関係した仕掛けも?
様々な限定御朱印をそろえておられました。
ご住職を継がれているお嬢様が仏像もご自身で彫られるらしく、そのきっかけで絵入りの御朱印をはじめられたそうです。
お彼岸の日には大日如来さまに光が射して、10分ぐらい後光が輝くように見えるそうです。
(お天気にもよるそうですが…)
お彼岸の日の後光が射したように見える大日如来さまの限定御朱印です。
残り2枚のうちの1枚をいただきました。
通常の御朱印もいただきました。
25日に参拝させていただいて
預けていた見開きの御朱印帳に
子虎の御朱印(金の御朱印の日)が
直書きされて、戻ってきました。
『子虎の御朱印』金の御朱印の日バージョン
『子虎の御朱印』金の御朱印の日バージョン
読み方は「ごこくしじ」で、御朱印を書いて頂いた奥様から教えて頂きました。また、丁寧に由緒も教えて頂き感謝です🙏 楼門(市重文)の正面にある扁額には、東大寺正式名称である「金光明四天王護国之寺」と書かれています。 楼門付近にはバス転回場しかなく、自動車駐車禁止の看板もあり戸惑いますが、楼門横の道から車で奥之院まで行く事も可能です!途中駐車場もあります。
楼門(市重文)
本堂(観音堂) 千手観音菩薩が中央に祀られています。
客殿、社務所
慈光霊廟(納骨堂)
塔心礎
奥之院 60年に一度の御開帳! 前回は1983年です。
岐阜滞在時間の許す限り、急ピッチで移動しなくては!😖と、手力雄神社の次に護国之寺へ。
天平18年(746年)に、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創したお寺です。御本尊は十一面千手観世音菩薩。天正年間に信長公の兵火により焼失しましたが、その後、良啓僧正により再興がなされます。
楼門が重要文化財ですが、岐阜城🏯の鬼門に位置しており、信長公が「鬼門から仁王が睨んでいる!」と言って燃やしたとの説があるそうです!😳史実ではないとの事ですが、あり得なくもない⁉️とても興味深いですね。🤔また、扁額に奈良の東大寺の正式名称である「金光明四天王護国之寺」と書かれており、東大寺とつながりがあるお寺だそうです。🫢
「聖武天皇は仏教をもって国家安泰をはかる為
奈良に東大寺を作りこれを総国分寺として
全国に国分寺を配す計画をしました
東大寺大仏殿に大佛を建立するに当たり
全国に仏師を探しに使者を送ります
使者が美濃国雄総(おぶさ)に来たとき
金丸(きんまろ)という童子に会いました
金丸が粘土で佛を見事に作るを見て
素質があると見抜き 奈良へ連れて帰り
大仏建立に当たらせました
大仏は完成し 落慶法要の時
空に紫雲がただよい えもしれぬ音楽が聞こえ
空中からお鉢が降ってきたそうです
空中から声がして
「このお鉢はインドのお釈迦様が托鉢に使った
お鉢です」と聞こえました
そのお鉢を 聖武天皇は大仏建立に功績の
あった金丸に褒美として下賜されました
金丸はお鉢を戴いて帰り
お鉢を奉る為に雄総に寺を造ります
金丸は千手観音に変化し本尊に祀られたそう
です この寺が護国之寺で
現在も 千手観音を本尊に祀り
こがねのお鉢を護り伝えています」
ホームページより
国宝の拝観は1月18日と8月18日の午前9時から正午までで拝観無料との事です。機会があれば拝観したいものです。
楼門から階段を登り本堂へ。お参りの後、御朱印はこちらの案内に先に進み、お願いしている間、境内の見どころ案内を詳しくして下さり、奥の院まで進みました。つつじも美しく満開でお庭もお手入れされていて素晴らしいお寺さんでした。
楼門
信長公を睨みつけた⁉️仁王さま
確かに目ヂカラ👀ありますね。
本堂から見下ろした楼門
本堂 千手観音菩ほか、大日如来 不動明王 毘沙門天 布袋尊
礼拝場からの見晴らしが素晴らしい!てっぺん分かりますか?
そうです!岐阜城🏯です。この後登城しますが、まさかのロープウェイ1時間待ちに我慢出来ず、歩いて登城してきました!😱登山道選択ミス(めい想の小径)で岩🪨登りでした!もう、ローヒール🥿ボロボロ❗️😭50分かかりました。🤣
奥の院 人より大きめの千手観音菩薩がお祀りされているそうです。60年に一回の御開帳。次は2043年かな。😅
いただきましたお寺の由緒書きから撮影。機会があれば🥰
美濃西国三十三観音霊場 第14番の次は同 第17番の雄総山 護国之寺です。
岐阜城のほぼ北に在る高野山真言宗の寺院です。本尊は十一面千手観音。
境内から岐阜城がよく見えます。
学がないため「ごこくのじ」とばかり思っていたら「ごこくしじ」でした。(ぽりぽり)
創建は746年と伝わりますが、織田信長の兵火のより焼失。1746年から順次再興されましたので、仏像もお堂も比較的新しいです。
ところで、岐阜県に国宝は7件で、建造物が3件、美術品が4件ですが、その美術品4件の内の1件を収蔵しています。それは奈良時代の金銅獅子唐草文鉢で、東大寺大仏落慶法要に使われた器と云われています。(伝承がありますが、長くなりますので割愛) 毎年1月18日と8月18日の午前中に無料で公開されます。
楼門をくぐって石段を上がると本堂(観音堂)があります。厨子の中に本尊の十一面千手観音菩薩が祀られていますが秘仏のため扉は閉まっています。厨子の前にはお前立ち十一面千手観音が、右手には不動明王、左手には毘沙門天が祀られています。
また石段を上がると鉄筋の客殿と庫裡、その前は広い駐車場です。こちらで納経帳に朱印を押印して戴きました。
更に石段を上がると1755年建立の奥之院があり、こちらにも十一面千手観音が祀られているそうですが、行かず仕舞いでした。(失敗)
次回国宝の鉢を見させて戴いて、奥之院を参拝しようと思います。
日が傾いたので本日はここまでとし、帰路に着きました。
御朱印
山門
阿形
吽形
本堂(観音堂)
境内から岐阜城
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