みぞはたじんじゃ(ちょうこくじんじゃ)
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楽しみ方溝旗神社(肇國神社)のお参りの記録一覧
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岐阜県岐阜市中心部、名鉄岐阜駅より東へ徒歩8分ほどにある「溝旗神社」へ参拝させていただきました。2回目の参拝です。広い境内はとてもきれいに整えられ、参拝にいらっしゃる方も数名で、すぐ隣にある保育園から、園児の元気な声が響き渡り、静かな中にも賑やかさがありました。置書きの1月限定月替わり御朱印(1,000円)と、前回拝見して気になっていた、見開きサイズの溝旗神社オリジナル御朱印帳ポケットファイル式・御朱印付き(3,000円)をいただきました。見開きサイズの御朱印を20枚収納可能です。境内の北西にある白山神社へも参拝させていただきました。駐車場は境内の東側、南から北へ走る一方通行道路沿いにある東口より入り、境内社務所周辺に数台駐車可能です。
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岐阜市中心部、名鉄岐阜駅より東へ徒歩8分のところにある、溝旗神社(みぞばたじんじゃ)は天照大神をお祀りしています。別名「肇國神社」。初参拝にて、置書きの12月限定御朱印をいただきました(1,000円)。世界遺産白川郷が描かれた御朱印です。1月限定の御朱印は、岐阜県の地図に観光名所や特産品が描かれています。毎月発行なさるので、毎月参拝に伺い集めたくなるような御朱印です。オリジナルの御朱印帳も2種類あります。御朱印や御朱印帳、御守には飛行機が描かれており「絶対落ちない」との願いを込め、航空業界をはじめ、受験合格祈願に訪れる参拝者が多いそうです。駐車場は東口より入り、境内に数台駐車可能です。社務所前の限られたスペースで、出入口はかなり狭いです。祭事の際は境内駐車不可、近隣のコインパーキングを利用するよう推奨されています。
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岐阜市にある神社です。
加納天満宮もですが 名鉄岐阜駅から歩いてお詣りできる場所にあります。
前回岐阜に訪れたときは 山間部や田園地帯の寺社を巡ったので 今回は都会の岐阜市を巡りました。
名鉄岐阜駅から歩いて10分ぐらいの所に 溝旗公園という やたら縦に長い公園があります。
たぶん200m以上はあると思います。トイレと遊具もありますが 更地の部分が広い公園です。
その公園の北側に溝旗神社があります。
ということはこの公園は参道ということですね。お祭りだったら屋台が並びそうです。
公園との境に石鳥居があります。ここから境内。
本殿前の狛犬は緑青色。金属製です。前足が少し長いです。
本殿・拝殿はとても立派です。内陣を見ると 本殿はガラス戸の奥でした。
お月夜参りという看板がありました。
十五夜の日のお詣りということですね。特別御朱印もあるようです。
提灯も出るようですし 満ちツキの銭洗いもできるようです。
こちらは十五夜のお詣りをおススメする神社です。
残念 日にちがずれていました。
社務所に伺うと 御朱印は何種類かあり 拝受品も多くありました。
せっかくですから夏詣の御朱印にしました。
ネット情報です。
創建時期は不明。
586年(用明天皇2年) この地域に疫病が流行ったため 素戔嗚尊に祈願したところ疫病がおさまったという。
その後 この地に素戔嗚尊を祀る社殿が建立されたという。
平安時代の頃 真言宗の寺院である聖寿院が境内に設置され 素戔嗚尊は牛頭天王と同一視されていた(祭神そのものの神仏習合)。
この頃から「牛頭天王社」に改称されたという。
または通称「天王坊」と呼ばれていた。
1868年(明治元年) 廃仏毀釈(神仏分離令)により聖寿院は廃止され 社号を地名(溝旗)より 溝旗神社に改称する。
1909年(明治42年) 近くにあった高森神社(別名:白山神社)が 白山尋常小学校(現・岐阜市立白山小学校)の建設にともない 溝旗神社に合祀される(境内社の白山神社)。
1945年(昭和20年) 岐阜空襲により焼失。その後再建される。
溝旗神社提灯祭り
江戸時代末期より伝わる 7月に行われる例大祭。
旧暦6月15日の満月の日に開催されるため 開催日は毎年異なる。
氏子は赤色の提灯を竹竿につるして溝旗神社に向かい 神主より厄除けのお払いを受ける。
提灯は魔除けの意味があり 持ち帰って軒先に吊り下げる。

岐阜市溝旗にある 溝旗神社にお参りしました。
名鉄岐阜駅から 徒歩5分ぐらいの街中にあります 先にお参りした各務原市の愛宕神社のお参り後に寄りました
隣にある 溝旗公園では 虫かごを持って 元気に走り回る子ども達に圧倒!され境内に入ると
数人の方が参拝してみえました
静かに手を合わせ スッと帰られる ご近所の方なのでしょうね お参りが 日常生活の中に溶け込んでいる そんなお姿でした
御朱印をいただこうと 社務所の中に入り チャイムを鳴らしても・・あれ?みえないのかなと思い 一旦外に出て もう一度入り直し ドアをあけると コロンコロンとなって「はーい」と返事があり 対応していただきました 諦めないで良かったです😊
歴史は 用明天皇2年(586) この辺りで疫病が流行り 「素戔嗚尊」(すさのおみこと)に
祈願したところ 疫病が治まりました その後社殿が建立 平安時代には神仏習合により 真言宗の寺院が境内に設置され 素戔嗚尊は 牛頭天王(ごずてんおう)と同一視され 午頭天王社などと呼ばれ 明治になり神仏習合禁止により 寺院を廃止し地名から「溝旗神社」となりました。




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