いさすみじんじゃ
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⛩伊佐須美神社(いさすみじんじゃ)
9月23日に会津若松市の「会津藩公行列」に行ったので、同時にお参りしてきました。
岩代国一宮・会津の総鎮守であり、古事記や日本書紀に出てくるほど古い神社です。
四道将軍の父子が東北道各地を平定した後、この地で出会い「会津(古くは"相津"と書きました)」という地名が起こりました。
この時国家鎮護のため伊奘諾尊、伊弉冉尊の二神を御神楽岳に奉斎し、これが伊佐須美神社の起源とされています。
古くから火災による焼失と再建を繰り返し、最近だと2008年に起きた火災で拝殿・授与所・本殿・神楽殿・神饌所などが焼失しました。
前回参拝に来た時とは違い、境内はたくさんの参拝客で賑わっていました。
去年の2月に来た時はお店も授与所も閉まっており、神職さんもおひとりしか見かけませんでした。
会津は豪雪地なので、冬はどこも休業しているそうです。
ちなみに、見開きデザインの御朱印もお休みの日がほとんどだそうです。(見開きではない通常の御朱印は貰えるそうです)
アクセスは会津若松ICを下りて車で25分程。
伊佐須美神社外苑の「あやめ苑」では、毎年6月15日~7月5日にあやめ祭りが開催されます。
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#伊佐須美神社
ご祭神はイザナギの尊、イザナミの尊、オオヒコの命、タケヌナカワワケの命。
#大毘古命
日本書紀によれば、”安倍のおみ””越の国造”、”伊賀のおみ”などの氏族の祖神。かつて阿部神社と称した備後護国神社(広島県福山市)や、伊賀一の宮の敢國神社(三重県伊賀市)に祀られているのはそのためか。敢國神社によれば、余生は伊賀の国で送ったらしい。なお、備後護国神社はここ伊佐須美神社と同様、タケヌナカワワケの命もご祭神だ。
#建沼河別命
古事記では建沼河別命、日本書紀では武渟川別。古事記によればオオヒコの命の子。父と同じく四道将軍の一員で、東海道を平定した。HPでも強調されているように、父子は会津で合流し、彼らが「会った」ためこの地を会津と呼ぶ、と古事記にある。
それにしてもなぜ彼らは、海岸線を青森まで進まず、あたかも呼応するかのように、福島と新潟で折れ曲がって内陸へ突っ込んでいったのか。僕の想像だが、思わぬ強敵に阻まれたんじゃないかと。
HPによれば、そもそもここ伊佐須美神社を創建したのはオオヒコの命とタケヌナカワワケの命。会津で落ち合った2柱が、イザナギの尊とイザナミの尊を国家鎮護の神として祀ったのが始まりだと。彼らがご祭神に加わったのは、6世紀に現在地に遷座して以降とある。
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