はんじょうじ|高野山真言宗|深山
深山 飯盛寺のお参りの記録一覧
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若狭観音霊場巡礼で参拝。24番札所。
本尊は千手観音。
720年元正天皇の勅願により椿林寺として創建されたと伝わる。
文和年間(1352年~1356年)後光厳天皇の勅願により覚能法印が飯盛寺として再興。この時七堂伽藍と12坊を有していたという。
1486年火災で焼失。
現在の本堂は1489年の再建で重文指定されている。
本堂
本堂
本堂
本堂
大師堂
鐘突堂
鐘楼
山門
庫裏
![惣一郎](https://minimized.hotokami.jp/MZYyO8rsMWBK3PKJMQAaNYL3o7IMpCo_-mAyBhir52A/s:30:30/q:20/plain/https://hotokami-user.s3.amazonaws.com/20220104-044828_ONneG4EPg3.jpg@webp)
【若狭國 古刹巡り】
飯盛寺(はんじょうじ)は、福井県小浜市飯盛にある高野山真言宗の寺院。山号は深山(しんざん)。本尊は薬師如来。本堂は国指定の重要文化財。
寺伝によると、創建は南北朝時代の文和年中(1352年~1356年)、後光厳院の勅願所として建立され、最盛時は七堂伽藍十二坊を擁した。室町時代の1484年に火災に遭い、本堂、塔頭、什物すべてを焼失した。現在の本堂は1489年の再建で、桁行5間、梁間5間、単層、寄棟造、妻入、桟瓦葺(かつては茅葺)となっている。
当寺は、JR小浜線・加斗駅の南方2kmの山の中、飯盛川沿いに登る山道の突き当りにある。境内と言っても、仕切りや壁があるわけではないので、山の中に伽藍がある感じ。山道の突き当りの境内北端に駐車場、納経所、庫裏があり、南方少し離れた場所に山門、参道、一段高いところに本堂、大師堂があるという造り。豊かな自然の中に佇む、まさに山寺の雰囲気。
今回は、本堂が国重文であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、到着時ちょうどお寺の方が所用で出掛けるところで、御朱印は拝受できたが、本堂には入ることはできなかった。自分以外にも数組参拝者が訪れていた。
境内北西端にある<山門>と<寺号標>。
山門の左側にある<多聞天>。昭和の特撮ヒーローのようなお顔立ち。
山門の右側にある<廣目天>。とてもカラフルで、鮮やかな水色が良い。
山門をくぐったところからの眺め。緑の参道をまっすぐ進んだ先、森の中の小高い場所に本堂がある。
実は、山の麓から車で登って来ると、最初に辿り着くのがこちらの<拝観受付>。駐車場のすぐ横にある。御朱印はこちら(書置きもある)。
拝観受付の向かい側にある<庫裏>。
拝観受付と庫裏の間の道を直進すると、山門から続く正規の参道に突き当たる。
参道を進み、森の中に入って行くと、石の階段が現れる。
石階段の手前、参道右側にある<石仏群>。
石階段の手前、参道左側にある<観音像>。
階段を登り切ったところからの眺め。建物が2つある。
まず突き当りの<本堂>。室町時代後期1489年の建立。桁行5間、梁間5間、一重、入母屋造、妻入、茅葺、向拝一間、杮葺。国指定の重要文化財。
<本堂>正面。簡素な造り。残念ながら、本堂内部は今回は見られない。
本堂から振り返った眺め。
本堂に向かって左手にある<大師堂>。
<大師堂>内部。
本堂の前に建っている<鐘楼>。
鐘楼の<梵鐘>。せっかくなので撞かせてもらった。心地良い音色が大自然の山の間に響き渡る感じ。気持ちが良い~♪ (o^―^o)
本堂に向かって右手の眺め。緑が深い。
本堂の右側、少し高いところにある<鎮守社>(たぶん)。
最後にもう一度、国重文の<本堂>全景。人里離れた山間で530年の歴史を刻んでいる。(^▽^)/
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