おかもとじんじゃ・おおたきじんじゃ
岡太神社・大瀧神社のお参りの記録一覧
大瀧神社・岡太神社です。
大瀧神社・岡太神社です。
大瀧神社・岡太神社です。
大瀧神社・岡太神社です。
大瀧神社・岡太神社です。
大瀧神社・岡太神社です。
御祭神 国常立尊 伊弉諾尊
紙祖神 川上御前(紙の神様)
平泉寺の末寺でした。
荘厳な社殿は天保14年(1843)に建立されたもので、「日本一複雑な檜皮葺の屋根」と言われています。
本殿と拝殿が一体になっています。拝殿正面に、獅子、龍、鳳凰、草花の彫刻があり
側面と背面に、中国の故事を題材にした丸彫りの彫刻
この社殿を手掛けたのは曹洞宗本山永平寺の勅使門を手掛けた名棟梁、大久保勘左衛門。
国の重要文化財にも指定されています。
御朱印は紙漉き体験ができる「越前和紙の里 パピルス館」で和紙の御朱印が拝受できます。
私があがった日は、団体さんが観光バスで来られていて、駐車場の横の建物で和紙等と置いて下さってました。
昨年秋のお参り👏
銀杏の紅葉の名所、少し来るのが遅かったようです。
紙の神様を祀る神社さん。
社殿の屋根は複雑な美しい形状、そして見事な彫刻が施されています。
こちらもお気に入りの神社さん。
境内に入ると別世界、空気感が違います☘️
美しい社殿
苔の季節もおすすめです
大きな銀杏の木。
敷き銀杏になってました
沢山の燈篭があります
彫刻も見事!
越前国今立郡の式内社「岡本神社」の論社です。式内社の岡太神社と明治になるまで寺だった大瀧神社の二社合一で祀っています。地元では「紙の神様」として崇敬されており、周辺には越前和紙の製造から始まった製紙会社が多く軒を連ねます。
《一の鳥居》
ここの扁額は「岡太神社」となっています。
これで岡太(おかだ)ではなく岡太(おかもと)なんですよね。
《二の鳥居と社号碑》
こちらでの扁額は2社の連名、反対に社号碑は大瀧神社となっています。
これは後の由緒書きによればかつては大瀧寺の摂社として岡太神社が祀られており、社勢としては大瀧神社の方が強く、こちらに県社の社格が叙されています。
《由緒書き》
こちらには権現山の山頂に奥宮があり、ここにあるのは里宮とされているのですが、権現山がどこなのかもわからず、同時に奥宮の場所もはっきりとは分かりません…少なくとも地図には載っていないようです。
《手水舎》
水は流れています。
《神門と回廊》
境内の広さだけでなく灯籠の数や回廊の長さなど、かなりの社勢と崇敬を集めていたことがわかります。
由緒書きにもある通り大蔵省の印刷局にわざわざ分社が置かれていたように、政府も注目するくらいの認知度があったようですね。
《祓殿》
《拝殿》🙏
この屋根下の龍や獅子、植物などの多くの彫り物で構成されています。
《本殿》
👁チェックポイント‼️
岡太神社・大瀧神社で最も有名なのこの重要文化財にもなっている拝殿・本殿です。数ある神社の建築様式の中でも特に複雑でありつつ豪華であると有名で、拝殿に負けず本殿も多くの彫刻が作られています。また、特に注目していただきたいのは本殿の前の屋根につく唐破風で、従来の三角ではなく2層の形をとっています。
《磐座の上の灯籠》
《観音殿》
参拝時は閉まってましたがたまに開いているようで、現在も内部はお寺の本堂のような形になっているようです。神仏分離後ではなかなか見られないですね。
思わず越前市粟田部へ行く機会があったので、久しぶりに岡太・大瀧神社(下宮)へ🎍
重要文化財に指定されている本殿拝殿の屋根の複雑さは、なかなか言葉にし難いです✨
季節がら雪囲いがされてて、精巧な彫刻は見えませんでした☃
今回は御朱印はいただかず。
駐車場にバス3台分のスペースがあるけど、普通車を置ける場所が少なくて、奥の未舗装地(土)へ😣
狛犬さん
手水舎
ミカンが一つ浮かんでた🍊
一段高い位置の社殿へ
たくさんの燈籠群
こちらの狛犬さんはブロンズ?
ピントずれた😥
雪囲いされた本殿と拝殿
日本一複雑と呼ばれる屋根
ホントはこんな感じ(パンフより)
【越前國 式内社巡り】
大瀧神社・岡太神社(おおたき~・おかもと~)は、福井県越前市大滝町にある神社。旧社格は県社。祭神は、國常立尊、伊弉諾尊(大瀧神社)、川上御前(岡太大神)(岡太神社)。上社(奥の院)は大瀧・岡太両神社の本殿が別個に並立しているが、下社(里宮)は両神社の共有。大瀧神社本殿及び拝殿は、国指定の重要文化財。
伝承によると、大瀧神社の創建は奈良時代の719年、僧・泰澄が当地を訪れた際、国常立尊・伊弉諾尊を主祭神とし、十一面観世音菩薩を本地とする神仏習合の社を創建し、大瀧兒権現と称したのが大瀧神社の始まり。
また、岡太神社の創建は1500年前、岡本川上流に美しい姫が現れ村人に紙漉きの技術を伝えたため、この姫を「川上御前(和紙の神様・神祖神)」として祀ったのが始まりという。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「越前國 今立郡 岡本神社 小」の論社となっている。建武の新政期の1337年、足利軍の兵火で社殿を焼失したため、祭神を大瀧神社の相殿に祀った。また1575年の織田信長による一向一揆攻略の際、大瀧神社も社殿を焼失、再建時に岡太神社は摂社として境内に祀られた。
明治時代の神仏分離令により、神仏混淆は解消され「大瀧神社」となり、近代社格制度のもと県社に列格した。なお、「大瀧神社・岡太神社」と併記されるのは、大瀧神社の方が格上であるが、当地住民が崇拝して来たのは川上御前であったためであるとされる。
当社は、JR北陸本線・武生駅の東方8kmの山の西麓にある。境内は山の斜面の森の中で、斜面の高いところに大きな社殿が瑞垣に囲われて建っている、宮殿のような荘厳な造り。国重文の社殿も、拝殿と幣殿の屋根が折り重なるように構成される独特で優美なもの。一の鳥居が境内の500m西方にあることからしても、古くからの強い信仰があったものと思われる。非常に強いインパクトがある素晴らしい神社。
今回は、本殿及び拝殿が国重文であること、越前國の式内論社、福井県の旧県社であることから参拝すること。参拝時は休日の午後で、雨降りのあいにくの天気であったにもかかわらず、見掛けただけで十数組の参拝者が訪れていた。
当社境内の西方600mの県道上に突然現れる<社号標>。表記は「縣社 大瀧神社」。
少し進むと、もう一つ石標。1940年建立。表記は「岡太神社 大瀧神社」。
刻まれている文字は、五箇の紙をこよなく愛した横山大観の揮毫とのこと。
県道を跨いで立っている<一の鳥居>。扁額には「岡太神社」とある。
県道199号線は当社の参道なのかな。
一の鳥居から500m進んだ突き当りにある、境内入口の<二の鳥居>と<社号標>。
社号標の表記は「縣社 大瀧神社」。
真っ赤な<二の鳥居>の扁額の表記は「大瀧神社 岡太神社」。
鳥居の奥には、多くの巨木が天に向かってまっすぐに聳え、荘厳な雰囲気が漂っている。
参道左側の<狛犬>。骨太でがっちり体形の勇ましい姿。
参道右側の<狛犬>。
参道左側の大きな<手水舎>。
参道を進んで<社殿>方向を望む。小高い場所にある社殿は重厚感のある構え。
階段下から<中門>と神域全景。素晴らしく神聖な空気感。階段脇にはたくさんの奉納燈籠。
中門前左側の<狛犬>。ブロンズ製か?それとも青銅製か?
中門前右側の<狛犬>。
中門をくぐって、すぐ目の前にある<拝殿>。
拝殿は意外と横幅がないと思って左手に向かうと、建物は予想外に重層的な造り。
どうなってるのかな?(。´・ω・)???
<社殿>全景。拝殿と本殿が一体的で、折り重なるような屋根の造りが非常に美しい!
(o^―^o)
拝殿に向かって右手突き当りにある<神輿殿>。
拝殿に向かって左手突き当りにある<神楽殿>。
神楽殿の裏手、一段高い場所にある境内社2社。表札はなし。
福井県神社庁の当社のページによると「護国霊社」と「氏子祖霊社」かな。
境内社の位置から<社殿>を見ると、本殿の屋根と拝殿の屋根が複雑に重なっていることがよく分かる。
本殿の躯体には彫刻がたくさん施されている。
本殿の彫刻アップ。土砂降りのせいでクリアに見えないのが残念。涙
中門から下に降りて、脇に立ち並ぶ奉納燈籠群。
奉納燈籠の間に立つ<神馬>。
神馬の近くにある屋根付きの小さな社。
社殿の西側にある建物。十一面観音坐像が安置されているみたい。
(当日は有料展覧会をやっていて内観できず。)
当社の北西1kmほどの街中にある「越前和紙の里 パピルス館」。御朱印はこちら。(^▽^)/
ツアーで訪れた神社になります。
コースの関係で通常御朱印がいただけるパピルス館に寄ることはできませんでしたが、
ツアー限定の御朱印はいただくことができました。
駐車場側鳥居
ツアー限定御朱印(書置き)大滝神社・岡太神社
越前そばの里からの参拝です。
日本一複雑な屋根の神社ですが、今回は雪の為、屋根・本殿周りをじっくり見る事は出ませんでした。
でも、雪の神社も貴重だなと思い、また、雪がとけたら参拝にあがります(^_^)
階段と雪
雪囲いです
屋根・本殿にも雪が積もっていました。
御朱印です。近くの「パピルスの里」で頂けます。
日付は入りません。
【奥の院も行きました】
大徳山(326m)に登る途中にあります。
それにしてもいつも思うのですが、ここの拝殿・神殿の造りは見事です。写真撮り過ぎました。
一ノ鳥居
ニノ鳥居
扁額
歴史
歴史
拝殿
神殿と拝殿。
拝殿と神殿の横の彫刻
彫刻
彫刻
彫刻
見事な彫刻
俯瞰図
奥の院へ。
登山道を登ります。、
上
下
鳥居をくぐるとリンとした空気感、半端ない神社でした。
日本で唯一の紙祖神、川上御前が祀られています。
何故、二つの神社の名前が併記されているのか?
(上宮)奥の院には大瀧神社、岡太(おかもと)神社の本殿が並んで建つが(下宮)里宮は本殿、拝殿が共有だからだそうです。
拝殿と本殿が一体となっている社殿は国の重要文化財です。とにかく素晴らしい!複雑な屋根の形、そして彫刻。機会があれば是非訪れて欲しい神社です。
実はこの日、午前中に一乗谷朝倉氏遺跡に犬のお散歩に🐶 復原町並に犬と入れる事が分かったので、ボランティアガイドさんに案内してもらいました。その時、長崎から観光で来た方が大瀧、岡太神社がパワースポットで次の目的地だと☘気になっていた神社さんなので、犬を置いて私達も🚗出掛けました。これもご縁ですね。ありがとうございました😊
ニノ鳥居
社殿、素敵です。
紅葉も始まっていました
見事な彫刻
拝殿
川上御前の伝説
越前和紙の御朱印。近くのお宅で貰えます。
パンフレットの置いてある所に地図があります。
ピンクと白の2種です。
一乗谷朝倉氏遺跡の御城印
のんびりとした一乗谷朝倉氏遺跡も大好きです。
昔の暮らしを想像しながら散策は気分が良く、大好きな場所です。犬に優しく場所ですしね💕
【過去参拝】
紙の神様を祀る大瀧神社・岡太神社を参拝しました。
社殿には見事な彫刻が彫られていて、屋根の形が変わっていておもしろかった。
社号石と一之鳥居(両部鳥居)扁額には岡太神社と書かれていた
鳥居
神門
複雑な形をした拝殿・本殿
拝殿正面上部に龍の彫刻
拝殿・本殿を側面より見る
本殿側面の彫刻は中国を思わせる。
御朱印は「小畑義幸宅」にて拝受。
後で寄った観光案内所にも置いてあった。
娘が研修旅行で行ってきたので代理投稿です。
ここは地図上では「大滝神社」となってますが地元民から言わせますと「岡太神社」の方が古いのだそうです。
丁度ここの1の鳥居から2の鳥居までの間は「越前和紙」の工房やお店が立ち並ぶ「和紙の町」
当然、和紙の神様が祀られている「岡太神社」が重要視されます。
(和紙の神様・川上御前が祀られている)
大滝神社は明治までは大滝寺というお寺さんで、明治の神仏分離で「大滝神社」と名を変えました。その時、お寺にあった仏像は法徳寺等に預かってもらったおかげで処分せずに現在まで残りました。
ちなみに、「岡太神社」はこの周辺にもう一カ所ありますが、あちらは「おかふと」と発音しますが、こちらは「おかもと」と発音するのだそうです。
こちらで目につくのはその社殿。
江戸末期(1843年)永平寺の勅使門を手掛けた永平寺門前大工・大久保勘左衛門の作だそうです。
似たような作りをした社殿が九州宮崎にある「三カ所神社」にありますが、あちらは京都九条家に仕えた宮大工・牧彦兵衛が作った社殿で1818年に造られたものと推定されています。
共に三間社流造と言う建築方法だそうです。
特徴は見事な彫刻と精巧に組まれた基壇。そして拝殿と本殿が一体化している複雑な建て方なんだそうです。
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