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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※麻賀多神社ではいただけません

まかたじんじゃ

麻賀多神社

千葉県 京成佐倉駅

社務所:9:00~17:00
参拝:24時間

投稿する
043-484-0392

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり

右下に佐倉と書かれた御朱印です。夏詣の限定御朱印には花火のイラストが。
佐倉七福神の福禄寿ご朱印もいただけます。
社殿がデザインされた御朱印帳があります。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

境内東側国道沿いにあり 15台ほど

おすすめの投稿

サンダー
2022年07月16日(土)
1014投稿

総州神社巡り①京より帰ってきて久しぶりの神社巡り。いつものように柏に用事があるのでその付近(とはいかない)を楽しんできました。滅多に行かない東京湾岸沿いからアタック!途中、悪天も予報される中ディズニーランドの周りは朝から相変わらずの渋滞。(最近、ケチって行きは高速を利用しなくなりました)以前から気にはなっていましたが、この辺でしか聞かない麻賀田神社、本社は成田にありますが、今回はこちらのみ。到着は午前10時過ぎでしたが、参拝者や祈祷を受ける方がちらほら、結構支持されている神社さんみたいですね。駐車場は東入口側にあるので、正面に廻った参拝。村内大きな神社ではありませんが、村の鎮守様の感がています。拝殿の彫刻も立派で、佐倉藩の総鎮守だけあります。幕府老中首座を務めた堀田正睦公が天保14年に建て替えたものです。
御朱印はイラストが描かれたものもありますが、基本のものは書き入れていただけるのでありがたく拝受いたしました。

麻賀多神社の建物その他麻賀多神社の鳥居

鳥居

麻賀多神社の建物その他

狛犬

麻賀多神社の建物その他麻賀多神社の鳥居

東入口

麻賀多神社の建物その他

社号標

麻賀多神社の手水

手水舎

麻賀多神社の手水麻賀多神社の動物

神社猫 かわいい声で鳴いていましたが、どこか怯えた感じ

麻賀多神社の本殿

拝殿

麻賀多神社の建物その他

扁額

麻賀多神社の芸術麻賀多神社の芸術麻賀多神社の芸術麻賀多神社の本殿

本殿

麻賀多神社の本殿麻賀多神社の本殿麻賀多神社の本殿麻賀多神社の建物その他麻賀多神社の末社

境内社 疱瘡神社

麻賀多神社の末社

境内社 稲荷神社

麻賀多神社の末社麻賀多神社の末社

奥宮

麻賀多神社の建物その他

御神木 みむすび銀杏

麻賀多神社の建物その他麻賀多神社の建物その他麻賀多神社の末社

境内社 三峯神社

麻賀多神社の建物その他麻賀多神社の建物その他麻賀多神社のおみくじ

灯籠

麻賀多神社の建物その他麻賀多神社のおみくじ麻賀多神社の歴史

由緒書

麻賀多神社の建物その他

境内

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例祭・神事

1月1日    歳旦祭
2月3日    節分祭
5月1日    夏季神御衣祭
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11月1日    冬季神御衣祭
11月23日   新嘗祭
12月31日   除夜祭・大祓
毎月1日    月次祭

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歴史

当社は旧佐倉藩の総鎮守で、古くから「まかたさま」とこの地方の人々に親しまれ、崇敬されてきたお社です。
 麻賀多神社という神社は、当社をはじめとしてこの佐倉市内に11社・隣接する酒々井町2社・成田市2社・富里市2社・八千代市1社を数えます。一見多く存在するようですが、これを全国的に見ますと他の地方には見られない、珍しい名前の神社で、印旛沼の東側から南にかけての地域にのみ存在する神社です。
 しかしながら今から約1050年程前に完成した政令集「延喜式」の巻第九・下総国の項に、この「麻賀多神社」の社名が記載されており、当時すでに中央にまで知られていた神社である事がわかります。
 その御鎮座は佐倉地方開闢の頃と云われており定かではありません。しかし社名については口伝によると以下のようになっております。
 鎮座している千葉県は古来、麻の産地であり「総国・ふさのくに」の総は麻を表しております。その中にある印旛地方は下総国成立以前は印旛国であり、朝廷より国造(くにのみやつこ)が派遣されておりました。その国造に多一族の伊都許利命が就任してたとの記録が先代舊事本紀に記載されております。その国造が代々祀ってきたのが当社であり、「麻の国で多氏が賀す神の社」と訓読みすることが出来ます。鎮座地の「佐倉」という地名も「麻の倉」が転じてと言われており、佐倉地方が古代物流の中心的地位を占めていたことが判ります。
 時代が下がり、徳川時代になると神社の西方に土井利勝公が佐倉城を築き、その城主となってからは、当社はこの地方の氏神様であるばかりではなく、城の追手門近くに鎮座する神社なので、城地鎮護・佐倉藩総鎮守の神として代々の城主・家臣に篤く崇敬され、社殿の度々の造営・神号額・神鏡・絵馬等の奉納が続きました。現在の社殿は天保14年、のちに幕府の老中首座を務めた藩主堀田正睦公が新たに建て替えたものです。尚、平成15年に氏子一同の奉賛により大修営が行われ、厳かに正遷座祭が斎行されました。
 明治維新以降は佐倉城趾に陸軍連隊が配置され、県内各地から入隊した房総健児が武運長久を祈願しました。
 先の大戦よりすでに久しく、現在は安産育児・家内安全・病気平癒などをお祈りする人々がいつの世に変わらず社前に見られ、樹齢800年以上の大銀杏をはじめ古木・大樹に囲まれた境内は氏子・崇敬者の憩いの場となっております。

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麻賀多神社の基本情報

住所千葉県佐倉市鏑木町933-1
行き方

京成線佐倉駅から徒歩12分。
京成線佐倉駅南口から千葉グリーンバスで「横町」下車徒歩2分。「佐倉市立美術館」「宮小路町」下車徒歩5分。
JR佐倉駅からも徒歩で同じくらいです。
JR佐倉駅北口からもバス出ています。

アクセスを詳しく見る
名称麻賀多神社
読み方まかたじんじゃ
通称まかたさま
参拝時間

社務所:9:00~17:00
参拝:24時間

参拝にかかる時間

約10分

参拝料

なし

トイレ手水舎の裏
御朱印あり

右下に佐倉と書かれた御朱印です。夏詣の限定御朱印には花火のイラストが。
佐倉七福神の福禄寿ご朱印もいただけます。
社殿がデザインされた御朱印帳があります。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号043-484-0392
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.makata.jp/
おみくじあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神稚産霊命
創建時代天保十四年(1843年)
創始者佐倉藩・堀田正陸
文化財

本殿(市の指定文化財)

ご由緒

当社は旧佐倉藩の総鎮守で、古くから「まかたさま」とこの地方の人々に親しまれ、崇敬されてきたお社です。
 麻賀多神社という神社は、当社をはじめとしてこの佐倉市内に11社・隣接する酒々井町2社・成田市2社・富里市2社・八千代市1社を数えます。一見多く存在するようですが、これを全国的に見ますと他の地方には見られない、珍しい名前の神社で、印旛沼の東側から南にかけての地域にのみ存在する神社です。
 しかしながら今から約1050年程前に完成した政令集「延喜式」の巻第九・下総国の項に、この「麻賀多神社」の社名が記載されており、当時すでに中央にまで知られていた神社である事がわかります。
 その御鎮座は佐倉地方開闢の頃と云われており定かではありません。しかし社名については口伝によると以下のようになっております。
 鎮座している千葉県は古来、麻の産地であり「総国・ふさのくに」の総は麻を表しております。その中にある印旛地方は下総国成立以前は印旛国であり、朝廷より国造(くにのみやつこ)が派遣されておりました。その国造に多一族の伊都許利命が就任してたとの記録が先代舊事本紀に記載されております。その国造が代々祀ってきたのが当社であり、「麻の国で多氏が賀す神の社」と訓読みすることが出来ます。鎮座地の「佐倉」という地名も「麻の倉」が転じてと言われており、佐倉地方が古代物流の中心的地位を占めていたことが判ります。
 時代が下がり、徳川時代になると神社の西方に土井利勝公が佐倉城を築き、その城主となってからは、当社はこの地方の氏神様であるばかりではなく、城の追手門近くに鎮座する神社なので、城地鎮護・佐倉藩総鎮守の神として代々の城主・家臣に篤く崇敬され、社殿の度々の造営・神号額・神鏡・絵馬等の奉納が続きました。現在の社殿は天保14年、のちに幕府の老中首座を務めた藩主堀田正睦公が新たに建て替えたものです。尚、平成15年に氏子一同の奉賛により大修営が行われ、厳かに正遷座祭が斎行されました。
 明治維新以降は佐倉城趾に陸軍連隊が配置され、県内各地から入隊した房総健児が武運長久を祈願しました。
 先の大戦よりすでに久しく、現在は安産育児・家内安全・病気平癒などをお祈りする人々がいつの世に変わらず社前に見られ、樹齢800年以上の大銀杏をはじめ古木・大樹に囲まれた境内は氏子・崇敬者の憩いの場となっております。

体験祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三御朱印お守り札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
麻賀多神社(まかたじんじゃ)は、千葉県佐倉市鏑木町にある神社。旧社格は郷社。
歴史
由緒[編集] 千葉県は古来、麻の産地であり「総国(ふさのくに)」の総は麻を表している。その中にある印旛地方は下総国成立以前は印旛国であり、朝廷より国造が派遣されていた。その国造に多氏の伊都許利命が就任しており、その国造が代々祀ってきたのが当社である。「麻の国で多氏が賀す神の社」と訓読みすることができる。 江戸時代になると神社の西方に土井利勝が佐倉城を築き、その城主となってからは、当社はこの地方の氏神であるばかりではなく、城の追手門近くに鎮座する神社なので、城地鎮護・佐倉藩総鎮守の神として代々の城主・家臣に篤く崇敬された。現在の社殿は1843年(天保14年)に、のちに幕府の老中首座を務めた...Wikipediaで続きを読む
引用元情報麻賀多神社 (佐倉市鏑木町)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%BA%BB%E8%B3%80%E5%A4%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20(%E4%BD%90%E5%80%89%E5%B8%82%E9%8F%91%E6%9C%A8%E7%94%BA)&oldid=87062726

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