いいがおかはちまんぐう
飯香岡八幡宮のお参りの記録一覧
2023年の御礼参りに。
昨年訪れた時は誰もいませんでしたが
今日は次々と参拝者が訪れていました
御朱印をお願いしてから
見開きの限定御朱印がある事に気がついたけど
とても丁寧に書き入れてくださったので
これで充分!!
昨年もそうだったのだけど
駐車場の外にパトカーが隠れてて(言い方)
お参りして戻ったら居なくなってたから
誰か捕まったのかしら?
と、変な心配しちゃいました(´>∀<`)ゝ
鳥居
燈籠?
虎と龍の睨みあいが迫力あり
文字の横には龍の飾り掘り
狛犬
ナカナカの表情
手水舎には今年のが掛かっていました
拝殿
さかさ銀杏
さかさ銀杏の説明
夫婦銀杏
夫婦銀杏の説明
丁寧に書いてくださりました。
挟み紙も素敵
大正初期の風景との事
飯香岡八幡宮を参拝しました。
Googleマップに神社の駐車場を目的地に設定して向かったところ、出入口が閉鎖されていました。神社裏側からは入れないようです。白金通りから神社正面を通り過ぎ公民館の手前の道を入ると駐車場に入れます。
この神社には有名な銀杏の木があります。
1本目は「逆さ銀杏」源頼朝が銀杏の木を逆さに植え、「この木もし活着せば大願成就せん」と源氏再興を祈願したと伝えられているそうです。
もう1本は夫婦銀杏。幹が2本に分かれているところからそう呼ばれるようになったそう。
木に気を取られて社殿の撮影を忘れました😭
御朱印のはさみ紙といただいたしおりに書かれている言葉。「生日足日」は「吉日」、「報本反始」は「祖先の恩に報いること」
お書き入れで拝受しました。
逆さ銀杏
逆さ銀杏を反対側から
「逆さ銀杏」説明の看板
夫婦銀杏
「夫婦銀杏」説明の看板
御神水はお休みでした。
はさみ紙としおり。
2023年の私の吉方神社は
飯香岡八幡宮に決め
参拝してきました。
思いもよらずライダーズ神社との事で
バイクに乗ってる主人用にライダーズ御守を。
私は困難に打ち勝てるいちょう鈴を拝受
ちょうど節分用の福豆もあったので
既に購入済でしたが
これも御縁と拝受しました。
大鳥居
八幡宮の横の竜がカッコよかった
手水舎
拝殿
なかなかの面構え狛犬
さかさ銀杏の説明
御神木のイチョウ
ライダーズ神社のノボリ
ライダーズ御守
浅間神社が
浅間神社内
御朱印帳に挟まれていた栞
「本(もと)に報い始めに返(かえ)る」と読むそう。
祖先の恩に報いること。
福豆もいただきました
いちょう鈴は困難にぶつかっても
乗り越えられるそう。
ライダーズ守りと共に拝受
参拝後に、こちらの神社さんの御朱印を頂く際に名前を「はんごうおか」と読んでしまい大半失礼しました。
名前から、ご飯が香る丘にある神社さんが由来かななんて思うのは、私だけでしょうか?(笑)
ただ、今回の私の思い違いはあながち間違いではなく、このような歴史があったとのことです。
〜
景行天皇40年(110年)頃 - 日本武尊東征の時、六所御影神社で休息したという。その際、社人が尊に食事を捧げたところ、飯の香りを賞した故事により、御影山を「飯香岡(いいがおか)」と呼ぶことになったという。
〜
昔の方の名前の読み方の方がセンスが光りますね。
富士山の登頂に成功しました。(笑)
千葉内房神社巡り⑤到着する頃には既に夕方、今日は非常に効率が悪い神社巡りでした。社務所が閉まる前に到着したのは幸運でした。最寄りの駅名「八幡宿」はこの神社からきているのでしょう。上総国の総社ということもあり、境内社も多く見どころ満載です。もう少し居たかったのですが、予定があるため社務所で御朱印を書き入れて頂きました。
厳島神社 社号標 駅から向かうと東側参道に行き着き、
厳島神社
境内社 鳥居
境内社 八坂神社
忠霊塔
表参道社号標
鳥居
灯籠 獅子と龍の彫り物に干支も彫刻されています
放生池
由緒書
元禄十五年(1702)奉納の灯籠
手水舎
寛政二年(1791)奉納の手水盤
狛犬
石工名 堀口弥吉
石工名 安藤硯年
石工名 根本吉輝
大正時代の市原出身の石工、他にも柳原大鷲神社、出津八雲神社の狛犬を手掛けています
拝殿
扁額
本殿
青面金剛尊
御神水
オリジナル御朱印帳
境内社 太神宮
扁額
境内社 飛鳥宮
扁額
境内社 高良神社
扁額
南洞川上規矩像
境内社
菅野儀作像
楠原三之助像
神楽殿
灯籠
境内社鳥居
出羽三山
境内社 鳥居
境内社 浅間神社
富士塚
境内社 海辺神社
扁額
境内社 若宮神社
扁額
境内社 天神宮
扁額
境内社 金刀比羅宮
扁額
境内社 毛のか美乃社
扁額
境内社鳥居
六所神御影神社 社号標
境内社 御影神社
扁額
社号標
駅に近い東側鳥居
内房線の八幡宿駅からすぐです。
イイガオカハチマングウと読みます。
千葉県三社目のライダーズ神社だそうです。今度はバイクでこよっかな。
到着
別の入口にも鳥居がありました。こっちが正門かも。
拝殿
アップ。国府總社と書かれてます。
ご本殿
口から御神水が出るようです。
直書きです。
おじゃましました!
御朱印をいただきました。本来なら節分祭が行われるはずの日ですが 今年は静かでした。
おととしの台風で、境内の多くの木がなぎ倒され、甚大な被害があった神社ですが、少しずつ修復が進んでいます。
樹木がなくなってずいぶんサッパリしてしまった… 新しく植樹されていました
鶏さんは元気に丸々していました
6年前に参拝し、2度目の参拝になります
沢山の参拝客で賑わっていました
参拝目的では、なく親子連れで遊びに
来られてた方もいらっしゃいました
前回は急いでたのでゆっくり回る事も
できませんでしたが今回は、ゆっくり
できました。中を歩いていると綺麗な
ニワトリさんがいました☺️
はじめは神社で飼ってるのかと思いました
が違うようで知らない間に住みついた
ようです
6年前の時はいなかったような気がします
神社内には池があり、癒やされます
手水舎
拝殿
神楽殿
いつの間にか住みついたニワトリさん
すごく綺麗です🎵
首の色が金色で素敵なんですよ😀
御神水
社務所
放生池
ぼ~と一休みしたくなりました☺️
この赤い橋から☝️の池が見えます
御朱印の紙の色が何種類かありました
黄色を選らばせていただきました
内房線八幡宿駅から歩いてすぐのところにある
神社さんです。
初めてゆっくり参拝させていただきました。
すごく広いです。
今日は、薄曇りでとても寒かったのですが
最後に社務所の方に、暖かい言葉をかけていただいて
ほっこりしました✨
ありがとうございました😌
丁寧に書いてくださって、ありがとうございました😌
灯籠に。。。
立派な龍と、干支がぐるりとついてました。
初めて見る感じです。
池と赤い橋と噴水までありました🎵
鳥居のとこにも龍が✨
ここにも✨
すごく大きな銀杏の木。感動ものです✨
龍神さまをまつってるのかな?
残念ながら、お水は出てませんでした😅
飯香岡八幡宮(いいがおか~)は、千葉県市原市にある神社。上総国総社で、旧社格は県社。祭神は、誉田別尊(ほむたわけ:応神天皇)、息長帯姫尊(おきながたらしひめ:神功皇后:応神天皇の母)ほか7柱。
社伝によると、当社は古来六所御影神社といわれ、日本武尊が東征の際、当社で休息し、食事の飯の香りを称賛した故事により、御影山を「飯香岡(いいがおか)」と呼ぶようになったとのこと。飛鳥時代の675年には勅使・桜町季満と奉幣使・菅原時春が下向し、神殿を飯香岡に創建して誉田別尊ほか3神を奉斎した。奈良時代の759年に勅使により一国一社の八幡宮となり、国府総社とされた。以後、石清水八幡宮別宮の市原八幡宮とされ、平安時代末期の1180年、1189年には源頼朝が太刀や甲冑を寄進している。室町時代の1383年には足利義満が社殿改造、神輿4社を奉納、戦国時代の1591年に徳川家康が神領150石を寄進し、江戸時代には10万石の格式を与えられた。明治時代の近代社格制度では県社に列した。
当社は、JR内房線・八幡宿駅の北西200mの平地にある。海の潮の香りはしないが、地図上は東京湾にほど近い。境内はかなり広く、いろんな場所にいくつもの境内社があって、神社のデパート状態。さすが上総国総社であると感じさせてくれる。前年に房総を襲った台風でいくつかの境内社が壊れたようで、修復中になっていた。
今回は、上総国の総社、千葉県の県社であることから参拝することに。参拝時は週末の昼ごろで、自分以外にも参拝者を数人見掛けた。
境内の北西側にある境内入口。社殿も北西を向いている。
境内入口の<鳥居>と<社号標>。
横を見ると、池の上に真っ赤な<神橋>が架かっているのが見える。
木製の<六脚鳥居>。海に近いので水害対策のためか?屋根付き、登り龍の彫刻付きの立派な扁額には<八幡宮>の文字。
参道左側にある<手水舎>。
手水舎から<拝殿>を望む。シンプルな境内。
参道の左方向、少し離れたところにある<神楽殿>。
<拝殿>全景。朱色が映える。
<拝殿>正面。朱色に、黒い柱、白い彫刻、エメラルドブルーの彫刻と、こまめに刺し色が入っている。
扁額には<國府総社>と書いてあるのかな?三文字目が読めない...(^_^;)
拝殿の左手に進んで、真横から<社殿>全景。拝殿と同じぐらい大きい<本殿>。
拝殿の左奥にある<社務所>。御朱印はこちら。
社務所の前に立っている、源頼朝ゆかりの<さかさ銀杏>。平安時代末期の1180年、源頼朝は石橋山の戦いに敗れ、房総半島に逃げて来ていたが、当社が源氏と縁が深い石清水八幡宮の別宮であったため、頼朝が源氏再興を祈願し、その際銀杏を逆さに植えたと伝わる。結果、銀杏は根付き、源氏も無事再興されたとのこと。
拝殿の裏手にある、黄色の鳥居が目立つ<六所御影神社>。実は飯香岡八幡宮が鎮座する以前から当地に存在していて、この<六所御影神社>の存在が飯香岡八幡宮が<上総国総社>の根拠となっている。
社殿の裏手にある<忠霊碑>。この後ろに境内社がいくつか並んでいる。
一番左の境内社。<○辺神社>と書いてある。達筆過ぎて読めない...
左から二番目の境内社。扁額には<宮○八幡宮>の文字。やはり読めない字が...
左から三番目の境内社は<天神宮>。字体が違ったので読めた。この右側は、台風で被害を受けたのか、修復中の<金刀比羅宮>。
一番右の境内社。
こちらでは鳥居があって、後ろには社殿がないが、、、
3つの石碑が立っていて、中央の石碑には<羽黒神社、出羽神社、湯殿山神社>、両側の石碑には<月山、羽黒山、湯殿山>と書いてある。出羽三山信仰の場ということらしい。
こちらの鳥居には、<浅間神社>の扁額。
小山には、浅間大神の石碑など、多くの石碑が立っている。
去年の台風被害が気になって遅くなりましたが行ってみました。
かなりの木々がなくなって雰囲気が変わってしまいましたが、去年居たとりが元気だったのでホッとしました!
次は総社巡りでこよう♪
このこが元気だったのは何よりです♪
八幡宮だけにお供の鳩を引き連れて(笑)
浅間神社
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