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ますみだじんじゃ

真清田神社

愛知県 名鉄一宮駅

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0586-73-5196

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印 (2種類)

真清田神社でいただける御朱印は2種類です。

  • 真清田神社の御朱印
  • 服織神社の御朱印

真清田神社の御朱印

300円

右から「奉拝」「尾張國一之宮」、真ん中に「真清田神社」、左側に年号日付が墨書きされています。
右上に「尾張一之宮」印、台紙の真ん中に神社印が押されています。

服織神社の御朱印

300円

真清田神社の境内摂社の御朱印です。
右から「機織之祖神」、「服織神社」、年号日付が墨書きされています。
真ん中の「服織神社」の墨書きに重ねて「服織神社」の印が押されています。

限定御朱印 (1種類)

正月限定御朱印

500円
2021年1月1日~終了未定

金色の台紙に、右下に可愛らしい干支の牛が、左上に桃の枝が描かれています。
右から「奉拝」、「尾張國一之宮」、「真清田神社」」、年号日付が墨書きされています。
右上に「尾張一ノ宮」印、真ん中に神社印が押されています。
※授与終了日は未定ですので、事前に社務所までご確認をお願いします

御朱印帳 (1種類)

真清田神社でいただける御朱印帳は1種類です。

真清田神社の御朱印帳

1500円
御朱印込み

白色の生地を使用した御朱印帳です。
表面に「御朱印帳」の文字、「尾張國一之宮」の文字、御神紋の九枚笹が朱色で刺繍されています。真ん中に白色の飾り馬、左下に土鈴が2つ描かれています。
裏面に「真清田神社」の印が朱色で刺繍され、鮮やかな桃の花が咲いている枝が描かれています。

授与場所・時間

御朱印、御朱印帳は授与所でいただけます。
受付時間は9時~17時
詳しくは公式サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり

真ん中に真清田神社、その右に尾張國一之宮と書かれ、右上に尾張國一之宮の印、真ん中に真清田神社の社印が押されています。
摂社の服織神社の御朱印もいただけます。
馬と五鈴鏡の土鈴のイラストが入った御朱印帳があります。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

巡礼

日本全国の一宮まとめ名鉄御朱印めぐり
東海五県一之宮巡り
一宮巡りは、江戸時代の神道学者橘三喜が延宝3年(1675)から23年かけて全国一宮を巡拝し、その記録を『諸国一宮巡詣記』として著し、これをきっかけにして多くの人々が一宮の巡礼を行うようになったのが始まりといわれています。真清田神社では、全国一の宮御朱印帳も頒布しています。
(東海五県一宮巡りのご案内
真清田神社より)

ご利益

真清田神社について

 
一宮とは、各地域の中で最も社格の高いとされる神社のことで、国司が任国に赴任した時等に巡拝する神社の順番とされています。律令制度の崩壊後も一宮の名称は使われ続けてきましたが、時代によって一宮が変遷したり、尾張国における真清田神社•大神神社等のように旧國名に二社以上の一宮が存在することもあります。
(尾張國一之宮 真清田神社リーフより)

おりもの感謝祭一宮七夕まつり
7月最終日曜日を最終日とする4日間
日本三大七夕まつりの一つ。各地方から多くの人出で賑わう、一宮市の夏の最大イベント。

一宮市の中心に位置し、古くより尾張国の一宮とされ、市名の由来となった真清田神社。
毎年4月3日に行われる「桃花祭」は、多くの参拝者が訪れます。

伝統的な社殿の形式と近代建築が融合した尾張造の完成形。建築家角南隆の名作。

真清田神社と同じ敷地内にある「服織(はとり)神社」と合わせて参拝される方が、ほとんどです。

おすすめの投稿

惣一郎
2021年02月18日(木)
1064投稿

真清田神社(ますみだ...)は、愛知県一宮市にある神社。式内社(名神大)、尾張国一之宮。旧社格は国幣中社、現在は神社本庁の別表神社。古代より尾張地方を治めた尾張氏の祖神・天火明命(あめのほあかりのみこと)を御祭神としている。当社周辺の地名「一宮市」は当社に由来する。

創建は不詳。国史での初見は平安初期の847年、「真清田天神」の昇格の記載がある。平安中期927年の延喜式神名帳では「真墨田神社 名神大」とある。その後の時代には社領を拡大するが、戦国時代の1584年に大地震で社殿が崩壊したり、豊臣秀吉に社殿を没収されたりで衰退、江戸時代に入って徳川将軍家、尾張徳川家の庇護を受けて復興。
社殿等の建造物は、第二次世界大戦中の米軍の一宮空襲で焼失したため、現存の建造物はすべて戦後の再建。それでも本殿、祭文殿は神社建築として評価され、国の登録有形文化財となっている。

当社は、JR尾張一宮駅から徒歩10分ほどの市街地に鎮座している。市街地の目抜きに位置しているが、街自体はシャッターの店も多くちょっと寂れている感じ。境内は広いが、市街地にあるため、古木大木草木は少なく境内は明るい。

参拝時は平日の午後で、参拝者はぱらぱら程度で多くはなかった。

真清田神社の鳥居

鳥居と社号標。

真清田神社の本殿

楼門全景。楼門は1945年の米軍の一宮空襲での焼失を逃れたが1961年に再建。

真清田神社の山門

楼門。扁額は、聖武天皇ご宸筆と伝わる旧額を模して人間国宝・平櫛田中氏が彫刻とのこと。

真清田神社の手水

楼門をくぐって左手にある<手水舎>。

真清田神社の本殿

楼門くぐって真っ直ぐ正面にある<拝殿>。

真清田神社の本殿

社殿は拝殿の後ろに、祭文殿(さいもんでん)、渡殿(わたどの)、本殿という特殊な造り。いずれも1950年代に名古屋営林局払下げの木曾檜を使い再建。
本殿は、銅板葺三間社流造。内部は外陣・中陣・内陣に分かれ、四周には縁がめぐらされている。本殿内陣中陣の御扉や柱桁は伊勢神宮から下賜された古材を使用。

真清田神社の手水

本殿の左手に手水舎のような建物が。<神水舎>とある。

真清田神社の建物その他

神水舎のそばに授与所があり、御朱印はこちら。写真は授与所から広角で撮った境内全景。

真清田神社の建物その他

本殿の右手にある北白川房子様歌碑。1972年に鎮座2600年記念大祭を斎行、その際に賜った御歌を歌碑としたもの。

真清田神社の狛犬

本殿の右手前にある<神馬>。

真清田神社の本殿

本殿の右手にある大きな摂社<服織(はとり)神社>。立派な社号標と参道がある。

真清田神社の本殿

服織神社拝殿。一宮市が織物産業で栄えたことから、1965年に織物の神社として創建。

真清田神社の鳥居

服織神社のさらに右手にある<三末社>。愛鷹社、天神社、犬飼社を奉祀。

真清田神社の庭園

服織神社の社号標の近くにある<神池>

真清田神社の鳥居

神池の脇に、両側に社標のある面白い鳥居。左の社標には<八龍神社>、右の社標には<厳島社>とある。どちらも神池の浮島に社殿がある。

真清田神社の鳥居

楼門の近くに戻って、桃丘亭という茶室の横にある<富島稲荷神社>。

真清田神社の鳥居

富島稲荷神社の社殿。

真清田神社の本殿

最後に、社殿全景。ダイナミックで複雑で美しい。

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例祭・神事

4月3日(例祭・桃花祭)

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歴史

当社の鎮座は、社伝によれば神武天皇33年。
当社は、平安時代、国家から国幣の名神大社と認められ、神階は正四位上に叙せられ、尾張国の一宮として、国司を始め人々の崇敬を集めました。鎌倉時代には、順徳天皇は当社を崇敬され、多数の舞楽面をご奉納になりました。
その舞楽面は、現在も、重要文化財として当社に保存されています。
江戸時代には、徳川幕府は神領として、朱印領333石を奉りました。また、尾張藩主徳川義直は、寛永8年(1631)当社の大修理を行う等、崇敬を篤くしました。
明治18年には国幣小社、大正3年に国幣中社に列し、皇室国家から厚待遇を受けました。
戦後は、一宮市の氏神として、一宮市民はもちろん、尾張全体及び近隣からも厚い信仰心を寄せられ今日に至っています。 尚「一宮市」の名称も当社が尾張国一宮であることに由来しており、全国で「一宮」の名称を冠する自治体は1市6町に及びますが、市制のひかれている自治体は当社の鎮まります一宮市のみとなります。

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真清田神社の基本情報

住所愛知県一宮市真清田1丁目2番1号
行き方

JR東海道本線「尾張一宮」駅から徒歩約10分
名鉄名古屋本線・尾西線「名鉄一宮」駅から徒歩約10分

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名称真清田神社
読み方ますみだじんじゃ
通称真墨田神社(延喜式神名帳) 尾張一宮
参拝時間

09:00〜17:00

参拝にかかる時間

30分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

真ん中に真清田神社、その右に尾張國一之宮と書かれ、右上に尾張國一之宮の印、真ん中に真清田神社の社印が押されています。
摂社の服織神社の御朱印もいただけます。
馬と五鈴鏡の土鈴のイラストが入った御朱印帳があります。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0586-73-5196
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.masumida.or.jp/
おみくじあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神天火明命
創建時代神武天皇三十三年
創始者不詳
本殿尾張造
札所など

東海五県一之宮巡り
一宮巡りは、江戸時代の神道学者橘三喜が延宝3年(1675)から23年かけて全国一宮を巡拝し、その記録を『諸国一宮巡詣記』として著し、これをきっかけにして多くの人々が一宮の巡礼を行うようになったのが始まりといわれています。真清田神社では、全国一の宮御朱印帳も頒布しています。
(東海五県一宮巡りのご案内 真清田神社より)

文化財

舞楽面(重要文化財)

ご由緒

当社の鎮座は、社伝によれば神武天皇33年。
当社は、平安時代、国家から国幣の名神大社と認められ、神階は正四位上に叙せられ、尾張国の一宮として、国司を始め人々の崇敬を集めました。鎌倉時代には、順徳天皇は当社を崇敬され、多数の舞楽面をご奉納になりました。
その舞楽面は、現在も、重要文化財として当社に保存されています。
江戸時代には、徳川幕府は神領として、朱印領333石を奉りました。また、尾張藩主徳川義直は、寛永8年(1631)当社の大修理を行う等、崇敬を篤くしました。
明治18年には国幣小社、大正3年に国幣中社に列し、皇室国家から厚待遇を受けました。
戦後は、一宮市の氏神として、一宮市民はもちろん、尾張全体及び近隣からも厚い信仰心を寄せられ今日に至っています。 尚「一宮市」の名称も当社が尾張国一宮であることに由来しており、全国で「一宮」の名称を冠する自治体は1市6町に及びますが、市制のひかれている自治体は当社の鎮まります一宮市のみとなります。

体験祈祷おみくじお祓い絵馬結婚式七五三御朱印博物館お守り重要文化財祭り札所・七福神巡り一の宮
感染症対策内容

所々にアルコールスプレー置いてあります。

Wikipediaからの引用

概要
真清田神社(ますみだじんじゃ、眞清田神社)は、愛知県一宮市真清田にある神社。式内社(名神大社)、尾張国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
歴史
歴史[編集] 創建[編集] 創建について現在の真清田神社社伝では、祭神の天火明命は大和国葛城地方(現・奈良県葛城地方)の高尾張邑を出て、神武天皇33年3月3日に当地で鎮祭されたのが始まりとする[1]。 一方古文献では、真清田神社の創建に関して初代神武天皇の時とする説、第10代崇神天皇の時とする説の2説が知られる[2]。 神武天皇年間説 『一宮神宮記』や『尾張国一宮伝記』など近世の文献に見られる伝承。両書では神武天皇年間、『尾張国名所図会』では神武天皇33年3月3日に祭神が「松降荘青桃丘」(現社地)に鎮座したとする[2]。 崇神天皇年間説 真清田神社に関する基本文献、すなわち『真清田神...Wikipediaで続きを読む
行事
祭事[編集] 真清田神社で年間に行われる祭事の一覧[1]。 歳旦祭 (1月1日) 神楽始祭 (1月2日) 初午大祭 (3月旧初午) 勧学祭 (3月下旬) 短冊祭 (4月1日) 歩射神事、試楽祭 (4月2日) 例祭 (4月3日) 「桃花祭(とうかさい)」と称される。祭神の天火明命が神武天皇33年の旧暦3月3日に初めて鎮祭されたという伝承に基づく祭。祭では桃の小枝を神前に供え祭祀を行うほか、神輿が伝統的な行列とともに御旅所まで渡御する。この祭は、文献上で応永年間(1394年-1427年)までは確実に遡るとされる[2]。 舞楽神事 (4月29日) 御田植祭 (5月第2日曜) 一宮七夕まつり ...Wikipediaで続きを読む
引用元情報真清田神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%9C%9F%E6%B8%85%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=91054072

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