おおすかんのん (きたのさんしんぷくじほうしょいん)|真言宗智山派|北野山
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楽しみ方大須観音 (北野山真福寺宝生院)のお参りの記録一覧
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(日本三大観音)
(東海三十六不動10番札所)
(尾張三十三観音1番札所)
(名古屋二十一大師1番札所)
(なごや七福神 布袋尊)
前から行きたかった大須観音へ。
名古屋といえば大須観音ですね。
そもそもは1190年に建立された尾張国中島郡長庄大須にあった中島観音が発祥であるといいます。
1324年に後醍醐天皇によりその地に北野天満宮が創建され、1333年に同社の別当寺とする真福寺とその塔頭宝生院が大須観音のはじまりだといわれています。そして、摂津国四天王寺の観世音菩薩を移して本尊とし、その後、後村上天皇により伽藍が建立され、勅願寺となったのだそうです。
戦国時代には、織田信長により寺領500石が寄進されています。
1612年、徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正成によって宝生院は本尊や真福寺文庫と共に大須郷から現在地に移転ました。
明治25年の境内にあった芝居小屋裏手からの出火(大須の大火)と、昭和20年の名古屋大空襲で2度も焼失にあいました。
現在は鉄筋コンクリートの本堂が再建されています。
大須商店街の入口にあり、多くの方がお参りに来ていました。
境内にはたくさんの鳩がいて、参詣の方の癒しになっていました。





過去参拝記録。八事霊園への納骨の前にお参りしました。
朝9時に御朱印を拝受してから鐘楼を見ると鐘楼下の小屋の鍵を人が開けています。どうやら売っている鳩豆を補充する人、つまり朝鳩にごはんをあげる人のようで、鳩たちが御朱印帳表紙のごとく群がっていました。
小屋には「はとのえさ」の看板がありますが、そこに人が近づくと鳩豆がもらえる合図と、お寺の鳩さんはわかっているようです。
昭和の時代は神社やお寺の境内と鳩の群れは当たり前の光景でしたが、野生動物や野良への餌やりが問題視される今では珍しい風景だと思います。
そのため御朱印帳の鳩を見たとき、これはノスタルジックな絵柄だなと思ったので、本当に鳩が沢山群れる姿、童謡はとぽっぽの歌の風景を見ることができてほのぼのとした気持ちになりました。
これだけ沢山の鳩が来るわけですから、境内のお掃除も大変だと思われます。それを修行として取り組んでいただき、鳩にも優しくしていただき、大須観音様を益々好きになりました。
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