うりゅうじんじゃ
雨龍神社北海道 江部乙駅
参拝/24時間
御朱印 | |||
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限定 | - | ||
御朱印帳 | - | ||
駐車場 | 二の鳥居横から入り数台 |
雨竜町満寿にある雨龍神社。
旧阿波(徳島)藩藩主で侯爵の蜂須賀茂韶が雨竜郡に造った蜂須賀農場。その農場の人々が徳島の国端彦神社の御分霊を奉遷したのが雨龍神社で初代阿波藩主の蜂須賀家政が祀られています。
緑あふれる境内にはカエルや大きめの虫などの生き物がいます。周辺は運動場や公園になっていてこれも農場の名残りでしょうか?
御朱印は白とクリーム色の2種類の紙があり私はクリーム色を頂きました。雨竜ということで竜の印が押されています。ただし雨竜という地名はアイヌ語からきているといわれており竜とは関係ないそうです。
鳥居
鳥居
社殿
社殿内
境内
狛犬
参道
周辺の田んぼ
狛犬
由緒書
手水舎
手水
百度石
手水
参道の橋
境内
御大典記念植樹
参道
成功記念碑
消毒液
カエル
雨竜神社は、開拓の初期明治22年組合華族農場設立に発し、その後蜂須賀農場の移住氏が協議し、蜂須賀農場中興の祖家政侯を祭神とする徳島県徳島市鎮座の県社・国端彦神社の御分霊を明治29年9月27日境内地に奉遷し、蜂須賀農場守護神として祭儀を執り行ったのが本社の創祀である。明治14年4月4日公認を得て、更には大正4年主神を天照皇大神とし、又戸田農場の戸田家中興の祖松平康長侯を増祀し、当時の村社雨竜神社と改称され大正34年に郷社に昇格され今日に至っている。 (北海道神社庁)
という格式高き神社です。
御朱印はあるようです。
社務所は参道横のご自宅になると思いますが、ガチで一般住宅って感じで何の案内も張り紙的なものもなかったので、チャイムも押さず退散。
雨竜神社は、開拓の初期明治22年組合華族農場設立に発し、その後蜂須賀農場の移住氏が協議し、蜂須賀農場中興の祖家政侯を祭神とする徳島県徳島市鎮座の県社・国端彦神社の御分霊を明治29年9月27日境内地に奉遷し、蜂須賀農場守護神として祭儀を執り行ったのが本社の創祀である。明治14年4月4日公認を得て、更には大正4年主神を天照皇大神とし、又戸田農場の戸田家中興の祖松平康長侯を増祀し、当時の村社雨竜神社と改称され大正34年に郷社に昇格され今日に至っている。
名称 | 雨龍神社 |
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読み方 | うりゅうじんじゃ |
参拝時間 | 参拝/24時間 |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
ご祭神 | 蜂須賀家政公(はちすかいえまさこう) 天照大御神(あまてらすおおみかみ) 松平康長公(まつひらやすながこう) 応神天皇(おうじんてんのう) |
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創建時代 | 1896年(明治29年) |
本殿 | 神明造 |
文化財 | 刀(町指定・「藤原山城守歳長作の御神刀」) |
ご由緒 | 雨竜神社は、開拓の初期明治22年組合華族農場設立に発し、その後蜂須賀農場の移住氏が協議し、蜂須賀農場中興の祖家政侯を祭神とする徳島県徳島市鎮座の県社・国端彦神社の御分霊を明治29年9月27日境内地に奉遷し、蜂須賀農場守護神として祭儀を執り行ったのが本社の創祀である。明治14年4月4日公認を得て、更には大正4年主神を天照皇大神とし、又戸田農場の戸田家中興の祖松平康長侯を増祀し、当時の村社雨竜神社と改称され大正34年に郷社に昇格され今日に至っている。 |
体験 | 武将・サムライ |
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