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うさはちまんじんじゃ

宇佐八幡神社
滋賀県 近江神宮前駅

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きどっち
きどっち
2022年06月19日(日)1515投稿

近江神宮から国道161号線を挟んで西側の宇佐山に鎮座しています。
少し鬱蒼とした山の中に入っていく感じなので一瞬止めようかな?と思ったんですが、なんとか心を奮い立たせてお詣りしてきました。

途中、ガサガサという音がして「熊か?」と思って青ざめてしまったんですが、ゆっくりそちらの方向を見ると野生の鹿が飛び跳ねて去って行くところでした。
神使だと思い、なんか嬉しくなっていつの間にか諦めずにお詣りしてよかったという心境に。
そして拝殿を前にしたところで、「ここはすごい!」と思ってしまいました。
拝殿の前から神聖な空気が漂っていて、温かく迎え入れていただいたという感じです。

こちらの八幡神社は山の中ということもあり、普段は無人となっているようなので御朱印などまったく期待をしていなかったのですが、拝殿の入り口付近にプラスチックの引き出しケースが置いてあり、なんと書置き御朱印があるじゃないですか!
折れそうになった心を奮い立たせてここまで登ってきた甲斐があったと思い、神様に感謝しながらヘロヘロの足で坂を下って帰路につきました。

治暦元年(1065年)8月15日、源頼義がここに館を構え、鳩の群れが導き示したこの場所に大分の宇佐神宮を勧請したとされます。
そのときに神鳩が現れた岩上には、沓形があり御神示の跡でとされ、御足形と称されています。
ここからほど近いところには、元亀元年(1570年)織田信長の家臣の森三左右衛門可成が宇佐山城を築きますが、戦乱の戦火により社殿は焼失したそうです。

宇佐八幡神社のその他建物

本殿即姪にはびっしりと青い鳩が。
この鳩に名前と年齢を書いて、子供の成長を祈るようになっているそうでうs。

宇佐八幡神社のその他建物

近江神宮からほど近いところに「宇佐八幡宮」と記載。

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歴史

佐八幡宮は、平安時代中期の治暦元年(1065年)に源頼義によって創建されました。源頼義は前九年の役の後、近江国錦織郷(現在の滋賀県大津市)に館を構え、八幡宮を建立しようとしました。その際、神鳩が現れ、頼義を現在の宇佐八幡宮の地へ導いたとされています。こうして、九州の豊前国(現在の大分県)にある宇佐八幡宮から八幡神を勧請し、この地に新たな宇佐八幡宮が誕生しました。以降、この地は「宇佐山」と呼ばれるようになり、神社の名も広く知られるようになりました。
治暦元年に創建された宇佐八幡宮は、かつては壮麗な社殿を誇っていましたが、元亀元年(1570年)に織田信長が築いた宇佐山城の影響で、大きな転機を迎えました。同年、織田信長と浅井・朝倉連合軍との志賀の陣が勃発し、宇佐山城も戦火に包まれました。この際、激戦により森可成が討死し、神社は全焼してしまいました。しかし、その後、地域の人々の手によって再興され、現在の姿に至っています。
宇佐八幡宮は「むし八幡」とも呼ばれ、特に子どもの成長を祈る神社として知られています。境内には、小さな土鳩の人形が奉納されており、これは古くは神への感謝の印として奉納されていたものです。現在では、土鳩は子どもの健康や成長を願う象徴とされ、奉納される土鳩の胴体には子どもの名前や年齢、祈願が記されています。
境内には「金殿井」という霊泉があり、これは天智天皇が近江大津宮にいた際、病を患ったときにこの井戸の水を飲んで回復したと伝えられています。この神聖な井戸の水は、今でも参拝者にとって特別な存在です。

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宇佐八幡神社の基本情報

名称宇佐八幡神社
読み方うさはちまんじんじゃ
通称宇佐八幡宮、むし八幡
参拝時間

境内自由

参拝料

なし

御朱印あり
限定御朱印なし

詳細情報

ご祭神《主》応神天皇
創建時代1065年(治暦元年)
創始者源頼義
ご由緒

佐八幡宮は、平安時代中期の治暦元年(1065年)に源頼義によって創建されました。源頼義は前九年の役の後、近江国錦織郷(現在の滋賀県大津市)に館を構え、八幡宮を建立しようとしました。その際、神鳩が現れ、頼義を現在の宇佐八幡宮の地へ導いたとされています。こうして、九州の豊前国(現在の大分県)にある宇佐八幡宮から八幡神を勧請し、この地に新たな宇佐八幡宮が誕生しました。以降、この地は「宇佐山」と呼ばれるようになり、神社の名も広く知られるようになりました。
治暦元年に創建された宇佐八幡宮は、かつては壮麗な社殿を誇っていましたが、元亀元年(1570年)に織田信長が築いた宇佐山城の影響で、大きな転機を迎えました。同年、織田信長と浅井・朝倉連合軍との志賀の陣が勃発し、宇佐山城も戦火に包まれました。この際、激戦により森可成が討死し、神社は全焼してしまいました。しかし、その後、地域の人々の手によって再興され、現在の姿に至っています。
宇佐八幡宮は「むし八幡」とも呼ばれ、特に子どもの成長を祈る神社として知られています。境内には、小さな土鳩の人形が奉納されており、これは古くは神への感謝の印として奉納されていたものです。現在では、土鳩は子どもの健康や成長を願う象徴とされ、奉納される土鳩の胴体には子どもの名前や年齢、祈願が記されています。
境内には「金殿井」という霊泉があり、これは天智天皇が近江大津宮にいた際、病を患ったときにこの井戸の水を飲んで回復したと伝えられています。この神聖な井戸の水は、今でも参拝者にとって特別な存在です。

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