みょうおういん|真言宗智山派|瀧轟山
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楽しみ方明王院(満願寺別院)のお参りの記録一覧
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東京都世田谷区等々力に位置する満願寺(まんがんじ)は、真言宗智山派の仏教寺院で、山号は「致航山」、院号は「感應院」とされています。本尊は金剛界大日如来で、平安時代末期に創建されたと伝えられています。室町時代には吉良氏の居城であった兎々呂城(現在の地)に移築され、祈願寺として再興されました。
●歴史と変遷
満願寺は、平安時代末期に創建されたとされる古い寺院です。室町時代には吉良氏の祈願寺として、兎々呂城(現・世田谷区)に移築され、寺の名前と山号も変わりました。元々は「医王山」と呼ばれていましたが、江戸時代に入ると「致航山」と改められ、本尊も薬師如来から金剛界大日如来に変更されました。江戸時代には御朱印寺として13石の寺領を賜り、その後も重要な役割を果たしてきました。
●文化財と伽藍
満願寺は、学問所・教育機関としても知られており、常法談林の格式を持ちます。寺内には、本堂、庫裡、講堂があり、本堂の正面には、美しい松林の山門が立っています。また、1990年に落成した大塔も本堂の右奥の池に建っており、参拝者の目を引きます。
文化財としては、細井広沢の墓が国の史跡に指定されています。細井広沢は元禄時代の著名な学者であり、彼の書や詩が評価されています。山門の額は広沢本人の筆、また本堂の額は彼の子、九皐によるものです。
●等々力不動尊との関係
満願寺の別院として知られる等々力不動尊(正式には「滝轟山明王院」)は、関東三十六不動霊場の第17番霊場です。等々力不動尊の本尊は不動明王で、1300年前に作られたと言われています。この地に不動堂を創建したのは、800年前に夢の中で霊地を見つけた興教大師によるものとされています。
不動尊の拝殿は江戸時代末期の建築で、1952年に本堂と共に再建されました。山門は1968年に満願寺から移築されたもので、等々力渓谷の近くに位置し、都内では貴重な自然スポットです。渓谷内の滝は水量が少なく、静かに水が流れる風景が広がっており、散策や心地よい自然体験が楽しめます。
●自然との調和
満願寺は等々力渓谷のすぐ隣にあり、この渓谷は東京都区部では唯一の自然の渓谷として指定されています。駅から通っていきたかったのですが、残念ながら現在通行止めでした。
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2年前ペットカメの手術成功と回復を祈りこの春完全復調した兆候が出たのでお礼参りし、ペット3匹と年女の飼い主のお守りを拝受。
ペットのお守りをつけたキャバリアがお散歩していて飼い主さんに教えてもらいました。
多数のワンちゃんがお散歩していました。また、お坊さんとお話していた常連さんと犬は山門入ってすぐの場所にペットお世話バッグをおいてから散策路に入ったようで、バッグを回収していました。不浄を持ち込まないようにしたのだと思います。
等々力渓谷が閉鎖されているので犬の散歩率が高くなっているのかも。
等々力渓谷は倒木撤去のため通行止めで、令和5年度は調査のみ、令和6年度(2024年4月)予算で撤去作業をするようなので、しばらく通行止めは続きそうです。


【不動明王おみくじ:等々力不動尊】
正月恒例の授与品ツアー。
最後に訪れたのは関東三十六不動のひとつ「等々力(とどろき)不動尊」
東京都世田谷区等々力にある真言宗智山派の寺院であり満願寺の別院。
本尊は大日如来の化身ともいわれる不動明王。
推古天皇の時代、役行者が霊夢を見て不動尊を彫り、等々力渓谷に安置したことが始まりとされています。
参拝後、おみくじ処に行くと不動明王をかたどった「不動明王おみくじ」を発見。
不動明王はインド神話の三大神の一人であるシヴァ神の別名、梵名は「アチャラナータ」と言うそうです。
青い身体、金髪、牙が生えた不動明王はキリッとしていながらも可愛らしい顔立ちをしています。
背中の赤は火炎、右手に持っているのは倶利伽羅剣かな?
人形の下にある赤い紐を引くと中からおみくじが出てくる仕組みになっています。
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧下さい。
https://folktoys.blog.fc2.com/blog-entry-489.html
入手日:2024年1月3日
掲載されている内容は当時のものです、情報が古い場合がありますのでご了承下さい。
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