みょうおういん|真言宗智山派|瀧轟山
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楽しみ方明王院(満願寺別院)のお参りの記録一覧
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弘法大師巡礼勤行21寺目
☀️晴
満願寺から等々力駅を挟んでこちらへ。
先日、火の気を多く浴びて疲れた中、高野山東京別院で中和してもらい、更にこちらでもと思いやってきました。
真言宗智山派のお寺です。
等々力不動尊と、御本尊が不動明王とまた火の気じゃないかと突っ込まれそうですが、こちら等々力渓谷の中にあり、23区内とは思えない環境の中に佇んでます。
なので、不動明王の火の気、渓谷の水の気、森の土の気のバランスがとても良いです。
観光寺なので、平日にも関わらずそこそこの人が参拝にいらしてました。
やはり、神社と混同されてる方が多く柏手を打つ方が殆ど。
確かにお不動さんは大願成就とお願いをする所ではあるのですが、神社との違いは、神様の様に崇拝する物ではないと言う所です。
仏様、ご先祖様を思い、手を合わせて供養、感謝し、その先人の方々が積み上げてきた生きる為の知恵、心のあり方をご教授いただき、魂の修行をする場だと思っています。
なので、自分中心の餓鬼や邪念の気が観光寺にはとても多いと思います。
○○円出したから~とか、仏様と相対取引をしてる方も多いですね。
神様も仏様もそうですが、願いを叶えてはくれません。
やるのは自分であり、頑張るのも自分です。
そこに仏教だと成功する為、努力を積み重ねる為のマインドを授けてくださると言う感じでしょうか。
ざっくりですが。
こちらも、そんな気の方が多いかなと。
しかし、こちらはお護摩が行われていない時は靴を脱いで御本堂の中で参拝が出来ます。
案内はありますが、本当に入って良いのかと躊躇します。
納経所の方に靴の置き方を伺って、初めて本当に入って良いんだと思える御本堂です。
中は薄暗く、参拝する方用の蝋燭、お線香、おりんもちゃんと用意されてます。
観光寺でこれはなかなか無いです。
ここまで参拝者が多いと、蝋燭やお線香がいくらあっても足りません。
真言宗はお線香を一度に3本つかうので。。。
ちゃんとこれらを使い、手を合わせる作法を心得てる人しか入ってこれないと分かって置いているんだなと。
実際自分でも躊躇しましたし。。。
時間も午後でしたが、お線香を上げた形跡は2つでした。
正に聖域とでも言いましょうか?
ライト層の方々にはとても入れない結界みたいな物があり、自分が勤行する事で更に結界も張れる場だと思いました。
外でこれをやるとただの迷惑に成りかねないので。。。
外界とは打って変わり、静けさがあります。
そりゃ、薄暗い御本堂の奥で無心にお経や真言を唱えてる人がいたら、気軽に来た方はわざわざ靴を脱いでまで奥に入るのはやめておこうとなりますね。。。
でも、この見えない境界線があるのがとても素晴らしいですし、智山派のお寺では珍しいなと思いました。
智山派の観光寺は、様々な方が気軽に仏様に触れていただく為の工夫がされているお寺が多いイメージで、良い意味でも、悪い意味(あくまで自分にはです)でも敷居が低い感じがしますが、ここはちゃんと祈りたい人の配慮もされてて素晴らしいです。
もう一度行きたくなる個性的なお寺も多いのも、また智山派のお寺の魅力でもあります。
どこか高野山真言宗と似た匂いがして、自分には波長がとても合う素晴らしいお寺でした。
お不動さんに手を合わせに行きたいと思ったら、まずここが第一候補になる。
そんなお寺でした。
納経所の方もとても丁寧で、でも気さくで最後は「お勤めご苦労様でした」ととても良い気を出されていました。
本当にありがとうございました。
また近々手を合わせに来ます。
御本尊 不動明王
のうまくさんまんだ ばざらだんせんだ
まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん






東京都世田谷区等々力に位置する満願寺(まんがんじ)は、真言宗智山派の仏教寺院で、山号は「致航山」、院号は「感應院」とされています。本尊は金剛界大日如来で、平安時代末期に創建されたと伝えられています。室町時代には吉良氏の居城であった兎々呂城(現在の地)に移築され、祈願寺として再興されました。
●歴史と変遷
満願寺は、平安時代末期に創建されたとされる古い寺院です。室町時代には吉良氏の祈願寺として、兎々呂城(現・世田谷区)に移築され、寺の名前と山号も変わりました。元々は「医王山」と呼ばれていましたが、江戸時代に入ると「致航山」と改められ、本尊も薬師如来から金剛界大日如来に変更されました。江戸時代には御朱印寺として13石の寺領を賜り、その後も重要な役割を果たしてきました。
●文化財と伽藍
満願寺は、学問所・教育機関としても知られており、常法談林の格式を持ちます。寺内には、本堂、庫裡、講堂があり、本堂の正面には、美しい松林の山門が立っています。また、1990年に落成した大塔も本堂の右奥の池に建っており、参拝者の目を引きます。
文化財としては、細井広沢の墓が国の史跡に指定されています。細井広沢は元禄時代の著名な学者であり、彼の書や詩が評価されています。山門の額は広沢本人の筆、また本堂の額は彼の子、九皐によるものです。
●等々力不動尊との関係
満願寺の別院として知られる等々力不動尊(正式には「滝轟山明王院」)は、関東三十六不動霊場の第17番霊場です。等々力不動尊の本尊は不動明王で、1300年前に作られたと言われています。この地に不動堂を創建したのは、800年前に夢の中で霊地を見つけた興教大師によるものとされています。
不動尊の拝殿は江戸時代末期の建築で、1952年に本堂と共に再建されました。山門は1968年に満願寺から移築されたもので、等々力渓谷の近くに位置し、都内では貴重な自然スポットです。渓谷内の滝は水量が少なく、静かに水が流れる風景が広がっており、散策や心地よい自然体験が楽しめます。
●自然との調和
満願寺は等々力渓谷のすぐ隣にあり、この渓谷は東京都区部では唯一の自然の渓谷として指定されています。駅から通っていきたかったのですが、残念ながら現在通行止めでした。
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