しんじょういん|天台宗
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心城院(しんじょういん)は東京都文京区湯島に位置する天台宗の寺院で、別名「湯島聖天」とも呼ばれています。本尊には大聖歓喜天が奉安されており、他にも十一面観音菩薩や宝珠弁財天、出世大黒天などが祀られています。また、「江戸三十三観音札所」の第七番札所としても知られています。
● 心城院の創立と由来
心城院は、1694年(元禄7年)に宥海によって開山されました。宥海は、湯島神社(現・湯島天満宮)の別当寺である「北野山梅園寺喜見院」の第三世大僧都であり、大聖歓喜天を安置するための小堂「宝珠弁財天堂」を創建したことが心城院の起源です。本尊である大聖歓喜天像は、比叡山から勧請された慈覚大師円仁の作と伝えられています。
● 江戸時代の繁栄と「江戸三富」
心城院は、享保期に寺門維持のために幕府から「富くじ」を発行され、江戸の庶民に親しまれました。この時期、谷中感応寺(現・天王寺)、瀧泉寺(目黒不動)とともに「江戸の三富」と呼ばれ、賑わいを見せました。寺院はその後も広い境域を持ち、江戸の中でも重要な宗教的な拠点として存在しました。
● 明治時代の神仏分離と再出発
明治維新の神仏分離政策により、心城院は一度廃寺となり、湯島神社との本末関係が断たれました。しかし、大聖歓喜天の御加護により、廃仏の難を逃れることができ、寺名を「心城院」に改めて再出発を果たしました。天台宗に属する寺院として、現在のように活動を続けています。
● 現在の心城院と伝統行事
心城院は現在も法灯を伝える寺院として、地域の信仰を集めています。境内には「柳の井」という湧水があり、別名「柳井堂」とも呼ばれています。また、元禄期から亀を放す習慣があり、「亀の子寺」としても親しまれています。毎月1日と16日には縁日が開催され、「聖天さま」の浴油祈祷が厳修されるほか、1月、5月、9月の16日には大般若転読法要が行われています。
● 大火や戦災から守られた寺院
心城院は、開基以来幾度も発生した江戸の大火や、関東大震災、東京大空襲といった戦火に遭うことなく、その法灯を伝え続けてきました。とはいえ、本堂や庫裏の老朽化が進んだため、近年改修工事が行われ、寺観は一新されました。

江戸三十三観音霊場7番札所。
心城院は東京都文京区湯島に位置する天台宗の寺院です。「湯島聖天」としても広く知られており、大聖歓喜天を本尊としています。
歴史と特徴
1694年(元禄7年)に宥海によって開山されました。
本尊の大聖歓喜天像は、比叡山から勧請した慈覚大師円仁の作と伝えられています。
江戸時代には「富くじ」の発行により「江戸の三富」の一つとして賑わいました。
明治維新時の神仏分離政策後、「喜見院」から「心城院」に改称されました。
境内の見どころ
湧水「柳の井」があり、別名「柳井堂」とも呼ばれています。
放生池があり、縁起の良い亀を放していることから「亀の子寺」としても親しまれています。
大聖歓喜天以外にも、十一面観音菩薩、宝珠弁財天、出世大黒天などが奉安されています。
行事と参拝
毎月1日と16日は縁日で、「聖天さま」の浴油祈祷が厳修されます(一般非公開)。
1月、5月、9月の16日には大般若転読法要が行われます。
江戸三十三観音第七番札所に選定されています。
心城院は、江戸の大火、関東大震災、東京大空襲を免れ、300年以上にわたり法灯を守り続けてきた歴史ある寺院です。





湯島天神の横側の、ノスタルジックな階段を降りてみた🎵
ちょっと進むと、すぐ左にカラフルな幕のお寺が👀✨
するする引き込まれてお参りしながら、何か見たことある気がするんだよな…
御朱印見本やパンフレットをじっと見る…
あっっ❕❔❕❔❕❔
私が御朱印というものを知って、初めていただいたのが、江戸三十三観音。
そのお寺の一ヶ所でした~❕❕
失礼しました~💦😭💦
呼ばれちゃったな、寄ってけって😱😱😱
お礼参りを…と思いつつはや20年……え~っそんなに経った❕❔
早くしないと死んじゃうわ、今53です~( ̄∇ ̄*)ゞ
また必ず来ることを誓い、参拝だけで失礼しました🙇
水琴は自分でお水掛けて、耳を澄ますと奥の方でキレイな音聞こえます✨✨
いっぱい掛けちゃいました😆⤴️💓✨
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