しんじょういん|天台宗
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小野照崎神社様から湯島天満宮様へ向かう途中でお詣りしました😊
【心城院】
湯島天神の別当寺であった天台宗喜見院の「宝珠弁財天堂」と称されていました。ときに元禄7年(1694年)年、喜見院第三世·宥海大僧都が、道真公とご縁の深い歓喜天(聖天さま)を弁財天堂に奉安したのが当山の開基で、尊像は比叡山から勧請した慈覚大師円仁作と伝えられております。当時は、現在の湯島天神男坂下が湯島天神の表門にあたり、太田道灌の御殿·皓月亭跡とも伝えられています。享保のころ、寺門維持のため幕府から「富くじ」が発行されました。江戸では、谷中感応寺(現·天王寺)、目黒瀧泉寺(目黒不動)、喜見院(湯島天神)が「江戸の三富」と言われ、大いに賑わいました。
当時の喜見院はかなりの境域がありましたが、明治維新の神仏分離令で惜しくも廃寺となりました。当然、弁財天堂もその影響を受けるところでしたが、聖天さまの御加護により湯島天神との本末関係を断つのみで、奇跡的に廃仏の難を逃れました。
単独の寺院として歩み出した当山は、建立当時の因縁により天台宗に属し、寺名を「心城院」と改めました。
当山は、開基以来幾度となく発生した江戸の大火や関東大震災、東京大空襲の戦火にも遭うことなく法灯を伝えてきました。しかし、約300年の風雪に耐えた本堂や庫裏は老朽化が甚だしくなり、近年に改修され寺観を一新しました。
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21.12.27。先の湯島天満宮様の男坂下にある天台宗の寺院。
《別称:湯島聖天)
《江戸三十三観音霊場第七番札所》
正式名:柳井堂 心城院
(りゅうせいどうしんじょういん)
開 創:元禄7年(1694年)
開 山:宥海大僧都
本 尊:大聖歓喜天
当山は元々、湯島天神の別当寺であった天台宗喜見院の「宝珠院弁財天堂」と称されていました。ときに元禄7年、喜見院第三世宥海僧都が、道真公とご縁の深い歓喜天(聖天さま)を弁財天堂に奉安したのが当山の開基で、尊像は比叡山から勧請した慈覚大師円仁作と伝えらています。(中略)
喜見院は明治維新の神仏分離令で惜しくも廃寺となりました。弁財天堂もその影響を受けるところでしたが、聖天さまのご加護により湯島天神との本末関係を断つのみで奇跡的に廃仏の難を逃れました。その頃から「心城院」と改めました。(後略)
〜当山HPより〜
本日ラスト箇所。「江戸33観音霊場巡り」その18として参詣。入り口入ってですぐ本堂があります。境内は箱庭的で何かと案内表示あったりで、参詣者に寄り添う心配りを感じる良き雰囲気のお寺さんでした。
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