おたぎねんぶつじ|天台宗延暦寺末寺|等覚山
愛宕念仏寺京都府 トロッコ保津峡駅
8:00〜16:30
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楽しみ方
京都市右京区にあるお寺です。
愛宕念仏寺と書いて おたぎねんぶつじと読みます。
最近 外国人による不法侵入でニュースになっていたお寺です。
愛宕神社の登山口 清滝の手前にあるお寺で 化野念仏寺とともに まあまあ奥にあるお寺なんですが 外国人の観光客が多いです。
嵯峨野めぐりの始発点になっていて ここから嵐山まで1時間ほど歩くコースが人気だからです。
外国人が多いというか 参拝している間に 日本語はほぼ聞きませんでした。
英語・中国語・韓国語・おそらくスペイン語やフランス語などなど まあ服装を見ると分かることが多いのですが 日本人か?と思っても台湾の方だったりします。
本堂にも入れますし 観音様も拝顔できました。
いたるところに表情豊かな羅漢さんがいて そのユーモアのある姿に大喜びする観光客も多いです。
さながら「かわいい~」とか言ってるんでしょうね。
本堂の縁側っていうのか靴を脱いで上がった所に 何人も外国の方が座って まるで日光浴のようにして境内を眺めておられました。
日本人だと信仰の場として考えられないと思いますが 外国の方ですから 座っていちゃいちゃしているカップルもいらっしゃったりします。バチ当たれ。
境内には地蔵堂とふれ愛観音堂 天河大弁財天 青九十九月主 三宝の鐘があります。
もう一つ 塔があり 多宝塔らしいのですが 形状が違う気もします。
羅漢さんを見るだけでも満足できるお寺です。
ネット情報です。
山号は等覚山(とうかくざん) 宗旨は天台宗 ご本尊は千手観音 創建年は天平神護2年(766年) 開基は称徳天皇です。
天平神護2年(766年) 称徳天皇により今の京都・東山松原通の地 六波羅蜜寺の近くに愛宕寺として創建された。
寺名の由来は山城国愛宕郡に初めて建てられた寺院だからだという。
平安時代初めには真言宗東寺派の末寺となっていたようである。
醍醐天皇の時代 既に荒れ寺となっていたところ 近くを流れる鴨川の洪水で堂宇を流失 廃寺となってしまった。
その後 醍醐天皇の命により天台宗の千観内供(伝燈大法師)が復興した。
念仏上人と呼ばれていた千観が当寺で念仏を唱えていたことから 当寺はその名を愛宕念仏寺と改め 天台宗に属した。
この際いったんは七堂伽藍を備え勅願寺としての体裁を整えたが その後は興廃を繰り返し 最後は本堂 地蔵堂 仁王門を残すばかりとなった。
1922年(大正11年) 本堂の保存のために現在地に移築・移転し 復興を図る。
しかし太平洋戦争中に無住となり 1950年(昭和25年)のジェーン台風で当寺は大きな被害を受けて荒れ果ててしまい ついに廃寺となった。
1955年(昭和30年) 仏師で僧侶の西村公朝が天台宗本山延暦寺から当寺の再興を命じられ 住職に任じられたが 引き受けるのをためらったという。
清水寺貫主・大西良慶の「それだけ傷んでおれば 草一本むしりとっても 石一つ動かしても お前は復興者 復興者やと言ってもらえる。わしも手伝ってやるから」との激励を受け 復興に取りかかった。
以来 仏師として全国を飛び回る傍ら境内の整備を行っている。

| 住所 | 京都府京都市右京区嵯峨鳥居本深谷町2-5 |
|---|---|
| 行き方 | JR「嵯峨嵐山駅」より徒歩1時間・タクシー5分
|
| 名称 | 愛宕念仏寺 |
|---|---|
| 読み方 | おたぎねんぶつじ |
| 通称 | 千二百羅漢の寺 |
| 参拝時間 | 8:00〜16:30 |
| 参拝料 | 300円(小中学性無料) ※団体割引有 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-865-1231 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.otagiji.com |
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