やさかじ|真言宗醍醐派|熊野山(くまのざん)
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八坂寺の境内社です。
この日はもう時間切れで こちらの八坂寺さんでおしまいになりました。
前回 高知で悲しいホテルだったので 今日は道後温泉の有名な5つ星のホテルをとりました。
温泉も夕食もお部屋も 大満足。極楽極楽じゃぁ。
由緒については八坂寺の沿革の中に書かれており
鎌倉時代後期 当地の長者で紀州の熊野権現を深く信仰していた妙見尼により 熊野三所権現証誠の本地仏が阿弥陀如来であったこともあり熊野権現を勧進して十二社権現とともに25間の長床の社殿に祀られることとなると多くの修験道の山伏が集まり修験道の根本道場として栄え当寺はその別当寺として 12坊 48の末寺を持ち多くの僧兵を抱える大寺となった。
しかし 天正年間(1573年 – 1592年)兵火によって焼失し寺域も縮小し熊野信仰が四国では衰退すると石鎚信仰や四国霊場札所であることによって盛り立てていった。
現在の境内は 熊野十二社権現が祀られていた宮跡で 熊野十二社権現堂の跡に1972年起工1984年完成の本堂ができて それまでの本堂を熊野十二社権現堂とした。
とありました。

1泊2日四国八十八か所巡り。1日目の6寺院目です。
浄瑠璃寺から歩いてもすぐの場所にあります。
今まで四国で50ほど巡ってきましたが その中で最も新しいと思ったお寺です。
山門から見ても分かるように わりと最近修復されているようです。
本堂もコンクリート造りで内陣もとてもきれいです。
大師堂はやや古い建物ですが やはりきれいで 内陣もきれいです。
本堂と大師堂の間に 閻魔堂がありました。
極楽の途と地獄の途 2つの道がありました。
写真でも分かると思いますが 内側に地獄絵と極楽絵が描かれており 足元の石がとげとげのものと丸まったもので区別されていました。
裸足で歩いたら 違いを感じられるわけです。
御朱印を拝受する時に ご住職と少しお話をさせていただけました。(どこから来たとか)
お寺の裏手には 広~い墓所 いや霊園がありました。
檀家さんがとっても多いことがすぐに分かります。
山号は熊野山 院号は妙見院 宗旨宗派は古義真言宗醍醐派 ご本尊は阿弥陀如来 創建年は(伝)大宝元年(701年) 開基は(伝)役行者、文武天皇(勅願)です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
ご詠歌:花を見て歌詠む人は八坂寺 三仏(さんぶつ)じょうの縁(えん)とこそきけ
でした。
由緒については
寺伝によれば役行者によって開基され 大宝元年(701年)に 河野玉澄の兄である伊予の国司・越智玉興が 文武天皇の勅願を受けて堂宇を建立したという。
このとき8ヶ所の坂道を切り開いて創建したことから寺名になったといわれ ますます栄える彌榮(八坂)にも由来している。
一時荒廃するが 弘仁6年(815年)に来錫した空海(弘法大師)が再興したとされる。
本尊の阿弥陀如来は源信(恵心僧都 942 – 1017)の作と伝えられる(現本尊は鎌倉時代後期の作)。
とありました。


四国八十八ケ所霊場 第47番札所
山号:熊野山
宗派:真言宗醍醐派
御本尊:阿弥陀如来
創建:701年(大宝元年)
"衛門三郎さん旅立ちのお寺さん"と言われています。
四国八十八ケ所のお寺さんを回っておられる方には御馴染みの方、衛門三郎さん。
天長年間、伊予国を治めていた豪農。欲深く人望も薄い。ある時、門前に、みすぼらしい身なりの僧が托鉢に来ました。衛門三郎は、家人に命じ、その僧を追いかえします。ですが翌日も、またその翌日も僧は現れます。怒った衛門三郎は、僧の鉢を叩き落とし、割ってしまいます。
その後、衛門三郎の家では不幸が続きます。8人いた子どもたちが、毎年1人亡くなっていき、ついに全員が亡くなります。自分の行いが招いた不幸であったことを悟り、深く反省し私財を手放し、僧に詫びるために僧を追います。その僧こそが弘法大師空海でした。
焼山寺(12番札所)近くで病に倒れますが、やっと大師に会うことができます。

【熊野山(くまのざん)妙見院(みょうけんいん)八坂寺(やさかじ)】
本尊:阿弥陀如来
宗派:真言宗醍醐派
開基:役行者小角
八坂寺は、修験道開祖・役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)が開基と伝えられる。1,300年の歴史を有する古い寺。飛鳥時代701(大宝元)年、第42代 文武天皇(在位697-707)の勅願により伊予の国司、越智玉興(おちたまおき)公が堂塔を建立し、このとき、8ヶ所の坂道を切り開いたことが寺の由来とされる。その後、荒廃していた寺を弘法大師(774-835)が訪れ、四国霊場として再興した。寺はやがて修験道の根本道場となり、僧兵を抱えるほど大いに栄えたが天正の兵火で焼失してからは寺域も縮小し、現在の境内は、十二社権現と熊野権現が祀られていた宮跡である。
一方で、2005(平成17)年、柴燈護摩(さいとうごま)道場が建立され、毎年4月には火渡り修行が行われるなど、かつての修験道が復興されている。

【47_T.Hamada's view】
山門

【47_柴燈大護摩供火渡り修行】
元来、修験道の道場で、現在も毎年4月29日の大祭には、燃え盛る芝生の上を裸足で渡る「柴燈大護摩供火渡り修行」が行われる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)


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