しゅっしゃかじ|真言宗御室派|我拝師山(がばいしざん)
出釋迦寺香川県 善通寺駅
7:00~17:00
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楽しみ方
真言宗御室派 我拝師山 求聞持院 出釈迦寺
四国八十八箇所霊場 第73番札所
御本尊 釈迦如来
こちらは、弘法大師が7才の「真魚」と呼ばれていたときに、
「仏門に入り多くの人を救いたい。願いが叶うなら釈迦如来様、姿を現してください。
叶わないのであれば、この身を諸仏の供養として捧げます。」と念じて断崖絶壁から飛び降りたそうです。
すると、釈迦如来と天女が現れ、弘法大師を抱きとめたとか。
そして「大願成就」のしるしを示されたそうです。
だから「出釋迦寺」なんですね。
また「求聞持院」という院号も、弘法大師が虚空蔵菩薩の真言を100万回唱える「求聞持法」をこちらで修めたところからついたそうです。
奥之院は車なら10分もかからないですが、徒歩だと50分ほど山を登ったところにあるそうです。
今回は時間の都合もあってお参りできずでした。
出釋迦寺の開基には、弘法大師幼少期の数ある伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起にゆかりがあります。それは、弘法大師が“真魚”と呼ばれていた7歳の時。我拝師山に登り「私は将来仏門に入り、仏の教えを広めて多くの人を救いたい。私の願いが叶うなら釈迦如来よ、姿を現したまえ。もし叶わぬのなら一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる」と、断崖絶壁から身を投じました。すると、紫色の雲が湧き、釈迦如来と羽衣をまとった天女が舞い降り、雲の中で弘法大師を抱きとめました。命を救われ、願いが叶うことを示された弘法大師は、青年になって我拝師山の山頂で刻んで安置し、堂宇を建てたといいます。
この場所は「捨身ヶ嶽禅定」といわれ元は札所でしたが、今は寺の奥の院となり、境内から急坂を50分ほど上がった場所にあります。弘法大師が虚空蔵菩薩の真言を100万回唱える「求聞持法」を修めたことから「求聞持院」という院号がつきました。ここで拝むとすばらしい記憶力が得られ、学業成就や物忘れにご利益があるといわれています。
また、弘法大師が身を投じた場所は、ここからさらに50mほど登った場所にあります。下を見れば足のすくむような深い谷底ですが、眼下には讃岐平野や瀬戸内海を一望できる絶景が広がります。
| 住所 | 香川県善通寺市吉原町1091 |
|---|---|
| 行き方 | 72【曼荼羅寺】より
|
| 名称 | 出釋迦寺 |
|---|---|
| 読み方 | しゅっしゃかじ |
| 参拝時間 | 7:00~17:00 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0877-63-0073 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| 四国八十八ヶ所霊場(お遍路) | |
|---|---|
| 七ヶ所まいり(しちかしょまいり・ななかしょまいり) 第3番 | ご本尊・ご祭神:釈迦如来、恵比寿天 御詠歌: おんいんだらやそわか |
| ご本尊 | 釈迦如来 |
|---|---|
| 山号 | 我拝師山(がばいしざん) |
| 院号 | 求聞持院(ぐもんじいん) |
| 宗旨・宗派 | 真言宗御室派 |
| 創建時代 | 奈良後期〜平安時代前期 |
| 開山・開基 | 弘法大師 |
| 文化財 | 木造不動明王立像、禅定石造層塔(善通寺市指定有形文化財) |
| ご由緒 | 出釋迦寺の開基には、弘法大師幼少期の数ある伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起にゆかりがあります。それは、弘法大師が“真魚”と呼ばれていた7歳の時。我拝師山に登り「私は将来仏門に入り、仏の教えを広めて多くの人を救いたい。私の願いが叶うなら釈迦如来よ、姿を現したまえ。もし叶わぬのなら一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる」と、断崖絶壁から身を投じました。すると、紫色の雲が湧き、釈迦如来と羽衣をまとった天女が舞い降り、雲の中で弘法大師を抱きとめました。命を救われ、願いが叶うことを示された弘法大師は、青年になって我拝師山の山頂で刻んで安置し、堂宇を建てたといいます。
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| 体験 |
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