こんぞうじ|天台寺門宗|鶏足山(けいそくざん)
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楽しみ方金倉寺のお参りの記録一覧
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天台寺門宗 鶏足山 宝幢院 金倉寺
四国八十八箇所霊場 第76番札所
御本尊 薬師如来
「子供と母親の守り神」とされる訶利帝母(かりていも)さまが日本で最初に出現したのが金倉寺とのこと。
訶利帝母さまは別名鬼子母神さまとも呼ばれています。
地元の方からは「おかるてんさん」と親しまれているそうです。
おかるてんさんは、訶利帝堂にお祀りされていて、本堂・大師堂と参拝したのちに訶利帝堂にもお参りさせていただきました。
訶利帝堂にて祈願された御加持米をお分けいただき、帰宅後に家族でいただきました。
境内には七福神像がいらっしゃるので、境内の七福神巡りをするのも楽しいかもしれませんね。
七福神の写真を撮るつもりだったのですが、なぜか布袋様、恵比須様、大黒天様の写真しか取れてませんでした・・・




四国八十八所巡り吉願目指して日帰り旅。
吉願まで残すところわずか。日帰りで香川まで行きました。
金倉寺さんは境内も広く 境内で七福神巡りもできます。あれれ弁天さんかぶって6つしか見つけられなかった。布袋さんはどこだ。
境内には本堂・大師堂・観音堂・訶梨帝堂と立派な建物があります。
中でも大師堂は珍しく 智証大師(円珍)弘法大師(空海)神変大菩薩(役の行者)の3大師を祀っています。四国を巡っていて大師堂は弘法大師と決まっていたのでびっくりしました。
六條獅子組という獅子舞集団が本堂前で 獅子舞を披露していました。
どうやらここら近所では有名な獅子舞のようで 他の寺社でも舞を披露しているようです。
駐車場の近くにはお砂踏み道場といわれる建物があり 中は88か所の本尊仏画の掛け軸と砂踏み場があります。回廊を進んで順に踏んでいくことになります。最後は弘法大師像にお参りです。
朝いちの参拝でしたが 獅子舞とのんびりした空気でさわやかな気分にさせていただきました。
山号は鶏足山 院号は宝幢院 宗旨は天台寺門宗 寺格は別格本山 御本尊は薬師如来 創建年は(伝)宝亀5年(774年) 開基は(伝)和気道善です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:まことにも神仏僧を開くれば 真言加持(かじ)の不思議なりけり
でした。
由緒については
宝亀5年(774年)景行天皇の子孫の和気道善(円珍の祖父)が 金輪如意(如意輪観音)を祀って一堂を建立し自在王堂と呼ばれていた。
仁寿元年(851年)道善の子である和気宅成の上奏により 自在王堂を官寺とし道善寺と名付けた。
その後 宅成の子である円珍が承和13年(846年)に入唐 天安2年(858年)帰朝した後
故郷の当寺に訪れて長安の青龍寺に倣した伽藍を造営 薬師如来を彫像して本尊とした。
861年伽藍の造営を終え 落慶の斎会に円珍が再訪する。
延長6年(928年)醍醐天皇の勅命により金倉郷から名前をとり現在の「金倉寺」 山号は釈迦十大弟子の迦葉尊者が入定した山名の「鶏足山」と改め隆盛をきわめた。
その後 幾多の兵火により重要文化財の自画像と本尊などの宝物以外は焼失 慶長11年(1606年)それまで無住寺になっていたが 近くの真言寺院に後見してもらい一時期真言宗になるが 窮状を知った高松藩主の松平頼重により 天台宗に戻り再興 慶安4年(1651年)には 智証大師御影堂を始め 諸堂や客殿 庫裏にいたるまで再建し現在に至る。
とありました。
あれれ?弘法大師はどこに出てくるの?




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