ごくらくじ|高野山真言宗|日照山(にっしょうざん)
極楽寺徳島県 阿波川端駅
納経所/7:00~17:00
祈祷受付/9:00~15:30
参拝/24時間
御朱印 | 真ん中に梵字と無量寿、左下に極楽寺と書かれ、右上に四国第二番の印、真ん中に梵字の印、左下に安養閣の印が押されています。 | ||
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限定 | - | ||
御朱印帳 | |||
駐車場 | 仁王門左側 普通40台 大型6台(無料) |
お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
2番 極楽寺。
お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
2番 極楽寺。
お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
2番 極楽寺。
お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
2番 極楽寺。
お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
2番 極楽寺。
お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
2番 極楽寺。
憧れで始めた 四国八十八カ所霊場巡り 2番札所のお寺です。
山号は日照山
院号は無量寿院
宗旨宗派は高野山真言宗
ご本尊は阿弥陀如来
です。
御朱印帳に載っているご真言とご詠歌は
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
ご詠歌:極楽の弥陀(みだ)の浄土へ行きたくば 南無阿弥陀仏口(くち)ぐせにせよ
でした。
車でお参りすれば 1番札所の霊山寺からさほど遠くありませんでした。
何となく予想はしていたものの 1番札所は大賑わいでしたが 2番札所になると参拝客はかなり減るんですね。
売店や納経所も 普通の寺社ていどになっています。
少々残念な気がします。
境内は広く 建物はもとより 石仏・記念の石仏など見どころは満載でした。
極楽寺の由緒については
奈良時代(710年 – 784年)行基の開基と伝わります。
弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)がこの地での21日間(三七日)の修法で阿弥陀経を読誦したところ 満願日に阿弥陀如来の姿を感得したため その姿を刻んで本尊としたと言います。
この阿弥陀如来の後光は遠く鳴門まで達し 魚が採れなくなったため 困った漁民たちが本堂の前に山を築いて光をさえぎったということから 「日照山」と号するとされています。
また 空海がその阿弥陀経を読誦した際 難産だった難波の女性が空海の加持により無事安産し そのお礼にと木造大師像を寄進したのが大師堂の本尊だそうです。
そして 明治時代に同じく大阪住吉の女性が安産祈願をし お告げにより四国遍路に出て無事男の子を出産したお礼にと修行大師像を寄進したのが 大師堂の向かって左前に立つ安産修行大師像だそうです。
これらのことから 子授け・安産の寺として随時祈祷祈願を受け付けていて 安産お守り・腹帯を授けているそうです。
天正10年(1582年)に長宗我部元親の兵火により焼失し 万治2年(1659年)に徳島藩主蜂須賀光隆によって再建されています。
とありました。
仁王門
句碑
手水は龍
薬師堂
鐘楼
水掛不動尊
観音堂のご本尊は千手観音
仏足石
本堂に続く階段 ちょいきつい
本堂
抱き地蔵 おもかるさんです
太子堂 安産大師と信仰されています
薬師堂のご本尊は薬師如来立像
長命杉 空海手植えと伝わる樹齢約1200年の杉
招福弁財天社
願かけ地蔵尊
父の遺志 2の1
おそらく昭和30~40年代前半に 四国八十八霊場巡りをしたと思われる御朱印帳も見つかりました。
御朱印は現在のものと少し異なります。
梵字に続きご本尊を楷書で書かれているものが見られます。
また 印そのものが変わっている寺もあります。
御朱印帳が京都の佛光寺のもので なぜ他寺のものを用意したのかは不明です。
徳島県にある霊場の御朱印を載せさせていただきます。
京都の佛光寺の御朱印帳でした
第1番札所 霊山寺
第2番札所 極楽寺
第3番札所 金泉寺
第4番札所 大日寺
第5番札所 地蔵寺
第6番札所 安楽寺
第7番札所 十楽寺
第8番札所 熊谷寺
第9番札所 法輪寺
第9番札所 法輪寺
第11番札所 藤井寺
第12番札所 焼山寺
第13番札所 大日寺
第14番札所 常楽寺
第15番札所 国分寺
第16番札所 観音寺
第17番札所 井戸寺
第18番札所 恩山寺
第19番札所 立江寺
第20番札所 鶴林寺
第21番札所 太龍寺
第22番札所 平等寺
第23番札所 薬王寺
第66番札所 雲辺寺
住所 | 徳島県鳴門市大麻町檜段の上12 |
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行き方 | 高徳線 阿波川端駅下車 (1.1km)、板東駅下車 (1.5km)
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名称 | 極楽寺 |
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読み方 | ごくらくじ |
参拝時間 | 納経所/7:00~17:00
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トイレ | 個人納経所のそば |
御朱印 | あり 真ん中に梵字と無量寿、左下に極楽寺と書かれ、右上に四国第二番の印、真ん中に梵字の印、左下に安養閣の印が押されています。 |
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 088-689-1112 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
メールアドレス | gokurakuji@ca.pikara.ne.jp |
ホームページ | http://www.ca.pikara.ne.jp/gokurakuji/ |
阿波西国三十三観音霊場 第21番 | 御詠歌: 出づる陽の あまねく照らす 山なれば 仰ぐ心の 隈の端残らじ |
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阿波北嶺薬師霊場 第11番 | |
四国八十八ヶ所霊場(お遍路) |
ご本尊 | 阿弥陀如来 |
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山号 | 日照山(にっしょうざん) |
院号 | 無量寿院(むりょうじゅいん) |
宗旨・宗派 | 高野山真言宗 |
創建時代 | 奈良時代(710〜793) |
開山・開基 | 行基菩薩 |
文化財 | 【重要文化財】木造阿弥陀如来坐像
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ご由緒 | 行基菩薩の開基と伝えられているが、弘仁6年(815)、42歳の弘法大師がこの地で37日間『阿弥陀経』を読誦し、修法された。その結願の日に、阿弥陀如来が出現したので、大師はその姿を彫造して本尊とされた。この阿弥陀如来像は、尊容が美しく、発する光は遠く鳴門の長原沖まで達したという。漁民たちは、漁の妨げになると本堂の前に人工の小山を築いて光を遮ったという故事から、「日照山」と号した。その後、天正年間(1573〜92)に長宗我部元親の兵火で焼失したが、万治2年(1659)、本堂は蜂須賀光隆公の援助によって再建されている。
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体験 | 祈祷お宮参り七五三御朱印宿坊お守り重要文化財札所・七福神巡り除夜の鐘法話 |
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