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新聞記事には上人の姿が。御朱印代のなけなしのお金ですが、保存の一助になれば。次は直でご対面したいなあ。

額に飾った古ぼけた写真がなんかいいなと思いました。

新聞を見ると、長らく木箱に入っていて秘仏だったそう。それを現在の管理者・松本氏のお父さんが祈祷師に「上人は人を助けたがっている」と伝えられ、新潟大学の協力で修復し、お堂に公開したんだそうです。保存のために色んな人の協力を得ているのが分かります。


お供えの花は比較的新しく、手入れがゆき届いているのがわかる。


入定の穴?かと思ったら、上人が使っていたという井戸のあと。

御朱印もあったのでありがたくいただく。管理人はいないですが、御札など用意してあとはセルフでよろしくという姿勢には参拝者への心遣いが感じられます。

やはりお堂は閉まっていましたが、ちょっと覗くと明海上人の姿がガラス越しに見えました。時間があるときに事前連絡してからまた来よう。

正面は入口から裏手側にあります。本来はそっちが参道なんでしょう。

お堂自体はそんなに大きくないですが、新聞の切り抜きや寺務所のようなものもあり、保存に力を入れているのが分かります。
明海上人は江戸時代後期、農家の長男として生まれたが18歳で病気で失明。そこから修業の道に入り、人々の救済に尽くして尊敬されながらも44歳で即身仏として入定しました。しかし即身仏となった経緯はわからず。

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