御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方亀齢山 明壽院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月16日(土) 17時20分37秒
参拝:2026年5月吉日
以前に湯殿山の即身仏を求めに鶴岡の本明寺、南岳寺を回りましたが、山形の置賜にも2体、即身仏がおわします。あれ以来即身仏にハマっている妻が「米沢にもあるよ!」ということで喜多方ラーメンを食べた帰りに寄り道。
個人所有という珍しい即身仏で、いきなり行って見れるかどうかわかりませんでしたが。
個人所有という珍しい即身仏で、いきなり行って見れるかどうかわかりませんでしたが。

個人蔵ということでひっそりとあるだけなのかと思ったら結構目立つのぼりが。


お堂自体はそんなに大きくないですが、新聞の切り抜きや寺務所のようなものもあり、保存に力を入れているのが分かります。
明海上人は江戸時代後期、農家の長男として生まれたが18歳で病気で失明。そこから修業の道に入り、人々の救済に尽くして尊敬されながらも44歳で即身仏として入定しました。しかし即身仏となった経緯はわからず。
明海上人は江戸時代後期、農家の長男として生まれたが18歳で病気で失明。そこから修業の道に入り、人々の救済に尽くして尊敬されながらも44歳で即身仏として入定しました。しかし即身仏となった経緯はわからず。

正面は入口から裏手側にあります。本来はそっちが参道なんでしょう。

やはりお堂は閉まっていましたが、ちょっと覗くと明海上人の姿がガラス越しに見えました。時間があるときに事前連絡してからまた来よう。

御朱印もあったのでありがたくいただく。管理人はいないですが、御札など用意してあとはセルフでよろしくという姿勢には参拝者への心遣いが感じられます。

入定の穴?かと思ったら、上人が使っていたという井戸のあと。


お供えの花は比較的新しく、手入れがゆき届いているのがわかる。


新聞を見ると、長らく木箱に入っていて秘仏だったそう。それを現在の管理者・松本氏のお父さんが祈祷師に「上人は人を助けたがっている」と伝えられ、新潟大学の協力で修復し、お堂に公開したんだそうです。保存のために色んな人の協力を得ているのが分かります。

額に飾った古ぼけた写真がなんかいいなと思いました。

新聞記事には上人の姿が。御朱印代のなけなしのお金ですが、保存の一助になれば。次は直でご対面したいなあ。
すてき
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。



