はふりたじんじゃ
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姫路市林田町に鎮座する式内社の祝田神社。
元々参拝予定にはなかったのですが、近くを通った際に「祝田神社」の標識が目に飛び込んできたため、吸い込まれるようにそちらにハンドルを切り急遽あがらせていただきました。
事前の下調べもないままだったのでなんと読めばいいのだろう?と思っていたのですが、祝田と書いて、「はふりた」と読むのですね・・・
真っ赤な鳥居があり、その横に車を数台停めるスペースがあります。
てっきりこの鳥居が一の鳥居だと思っていたのですが、後程調べると二の鳥居だったようで、約600mほど東側に一の鳥居がありました。
夕方に差し掛かる時間だったため、境内にはどなたもいらっしゃらず社務所も無人でした。
思っていたよりも境内は広く、澄んだ空気が流れ、時間の流れがゆったりとしていて心地よい神社でした。
<御祭神>
主祭神 罔象女神(ミツハノメノカミ)
配祀神 高龗神(タカオノカミ)
<御由緒>~兵庫県神社庁HPより~
創立年代不詳ではあるが、社記によると景行天皇の御代(四世紀前半)、日本武尊が熊襲征伐のとき、播磨灘で台風に遭い、当社に祈り浪が静まったとある。また、「林田は祝田の転称」とも記され、延喜式内社である。
はじめ罔象女神(水神)の一神を祀っていたが、堀河天皇の寛治7年(1093)、当地が賀茂別雷神社領の林田庄となったとき、貴船神社の祭神・高龗神を勧請し相殿として祀られ、この社を「貴船社」また「貴船大明神」と呼ぶようになつた。その後、源頼朝が建久3年(1192)、社殿再建し社号も貴船神社とし祝田神社はその奥宮に祀られ、祭神にちなんで神社背後の山を貴船山、谷を美津波女谷と名付けられた。
江戸時代には藩主・建部氏が累代の氏神として社務は藩庁でとり、天保9年(1838)藩主の命により毎年5月に守護札を発行したという。播磨国司・赤松秀房や本居宣長の和歌、公家の詠んだ林田八景絵馬、歴代藩主ゆかりの遺品も多い。
明治16年(1883)、社号を古代に復して祝田神社とし、現社殿は明治23年(1890)に再建されたものである。

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