ごぼうじゃくじょういん|高野山真言宗
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楽しみ方五坊寂静院へのアクセス
基本情報
駐車場に関する投稿(1件)

五坊寂静院は 鬼子母神社・影向神社の奥にありました。
不動坂からは直接見えない場所でした。
参道まで来ますと 不思議「髭題目」の石柱があるのです。
髭題目は日蓮宗特有のもの。なぜ髭題目がここに?
山門は開いていましたがチェーンがかかっていて中に入ることはできません。
境内には砂利が敷かれているのですが いわゆる庭園の砂利ではなく 駐車場的な砂利のようです。
建物がひとつあるのですが 人の気配は感じられませんでした。
廃寺とか廃墟というものではありません。
寺号標もすごく新しかったですし きれいに管理はされています。
髭題目の件もあり 不思議な気持ちは残りました。
ネット情報です。
ウィキに情報がありました。
山号は高野山
宗派 高野山真言宗
ご本尊は阿弥陀如来
創建年は伝・1198年(建久9年)
開山は伝・明寂上人
開基は伝・八条女院
五坊寂静院(ごぼうじゃくじょういん)は 高野山金剛峯寺の子院の一つで 高野十谷のうちの一心院谷に位置する。
寺伝によると「妙法蓮華経」に因む 妙智坊・法智坊・蓮智坊・華智坊・経智坊という宿坊があり これらを一心院としたのが明寂であるという。
その後 行勝上人が相伝し 貞暁が五坊寂静院と改称したという。
後醍醐天皇・後村上天皇・後土御門天皇・後柏原天皇などの歴代天皇より綸旨を賜り 勅願寺となった。
平安時代以降 高野山を構成した高野三方の学侶方に属し 相当な有力寺院であった。
1198年(建久9年)八条女院は不動堂・八大童子像・不動明王像を寄進する。
1223年(貞応2年)貞暁は伽藍を再建し五坊寂静院と改称する。
1248年(宝治2年)日蓮が遊学する。
1908年(明治41年)不動堂・八大童子像・不動明王像を金剛峯寺へ移設する。
1940年(昭和15年)火災により本堂が焼失する。
1967年(昭和42年)中宮寺旧本堂を五坊寂静院へ移築する。
あの髭題目の石柱は 日蓮が遊学したことを記念するものだったのでしょうね。

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