かむはとりかみのやしろ、かむはとりじんじゃ、しんぷくじんじゃ
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GoogleMap頼りに神服神社へ到着。もちろん表参道には案内してくれず。西側参道よりお詣り。手水舎もあり、すぐに赤の鳥居が連なりその先には稲荷社。なぜか真っ赤で屋根には菊の紋・・・なぜ?
まあ気にしても仕方ないので本殿へ。御祭神は素盞鳴命・熯之速日命・麻羅宿禰に服部連公(はとりのむらじこう)であったが近隣の神社が合祀され天照大神、豊受大神も。本殿右手の大明神舎もともに天児屋根命が御祭神だった宮之河原の春日神社、浦堂の若宮神社を遷座し、合祀されている。お参り後、授与所に行くと張り紙があり、御朱印は参道西側すぐの宮司さん宅で拝受できました🤗

西側参道より、手水舎と稲荷さんの朱鳥居

稲荷社参道。鳥居は三基。

社殿手前に地蔵舎。

稲荷社。なぜか真っ赤。

瓦が菊紋なのも気になる・・・

由緒

手水舎

祭日一覧

参道

拝殿

大絵馬

服部連(はとりのむらじ)公

同由緒

御神門

大明神舎 天児屋根命。宮之河原の春日神社、浦堂の若宮神社を遷座して合祀したもの

本殿

授与所(祭事のみ)

社務所(祭事のみ)

大鳥居

鳥居扁額

社号石標

境内・文化財
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当社は延喜式の古社で、第19代允恭天皇の御世にこの付近一帯に機織りが盛んであったところから、地名を服部(はとり)と呼んでおりました。服部はもともと「機織部=はとりべ」からきたもので、機織りを職とする部族の名前でした。服部連は允恭天皇から機織司に任命され、国々の織部を総領したことにより「連」姓を賜り服部連(はとりのむらじ)と称しておりました。服部連の勧請により建立されたもので「服部神」とよんでおりましたが、醍醐天皇(887~930年)の延喜式年間に『神服神社』(かむはとりかみのやしろ)と改めました。
今では「しんぷくじんじゃ」と、音読みされるようになっております
神服神社の情報
| 住所 | 大阪府高槻市宮之川原元町2−25 |
|---|---|
| 行き方 | JR高槻駅より、市バス=上の口行き、原大橋行き、塚脇行きにて、浦堂下車西へ5分 |
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神服神社の基本情報
| 名称 | 神服神社 |
|---|---|
| 読み方 | かむはとりかみのやしろ、かむはとりじんじゃ、しんぷくじんじゃ |
| トイレ | ありますが祭事以外は施錠されています。 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 072-687-8770 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www7b.biglobe.ne.jp/~kamuhatori/index.htm |
| SNS |
詳細情報
| ご祭神 | 樋速日命、麻羅宿爾、素盞嗚尊、服部連公 |
|---|---|
| ご由緒 | 当社は延喜式の古社で、第19代允恭天皇の御世にこの付近一帯に機織りが盛んであったところから、地名を服部(はとり)と呼んでおりました。服部はもともと「機織部=はとりべ」からきたもので、機織りを職とする部族の名前でした。服部連は允恭天皇から機織司に任命され、国々の織部を総領したことにより「連」姓を賜り服部連(はとりのむらじ)と称しておりました。服部連の勧請により建立されたもので「服部神」とよんでおりましたが、醍醐天皇(887~930年)の延喜式年間に『神服神社』(かむはとりかみのやしろ)と改めました。
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| ご利益 | |
| 体験 |
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