やまなしおかじんじゃ
山梨岡神社山梨県 石和温泉駅
8:30~17:00
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楽しみ方
山梨岡神社(やまなしおか~)は、山梨県笛吹市春日居町鎮目にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。境外摂社の吾妻屋宮も式内論社。祭神は大山祇神(おおやまつみ)、高龗神(たかおかみ)、別雷神(わけいかずち)の3柱。本殿は国指定の重要文化財。なお「山梨」の地名は当社の社名に由来すると言われる。
社伝によると、崇神天皇の御代、疫病が蔓延し勅命により日光山高千穂の峰(当社背後の御室山と推定されている)に3柱の祭神を祀って近郷の鎮守としたのが始まり。成務天皇の御代に群境を定めるにあたり、御室山麓の現在地にあった梨の木数株を伐採して遷座し、鎮座地を「甲斐嶺山梨岡(かいがね・やまなしおか)」と名付けた。(当地が律令制下の甲斐国山梨郡山梨郷に比定されるため、これが郡名の由来であり、現在の県名の由来であるとされる。)当地周辺は古墳時代の考古遺跡が多数分布し、甲斐4郡成立後には甲斐國の初期国府と考えられており、奈良時代、平安時代の州ラック遺跡や古代豪族の氏寺(寺本古代寺院)などが分布している。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐国 山梨郡 山梨岡神社 小」の論社となっており、他にも同名の論社が1社(山梨市石森)ある。また、境内社の吾妻屋宮も『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐国 山梨郡 甲斐奈神社 小」の論社となっており、他にも論社が3社(甲斐奈神社(笛吹市一宮町)、甲斐奈神社(笛吹市春日居町国府)、甲斐奈神社(甲府市中央))ある。
戦国時代には、領主武田氏からの崇敬を受けたが、武田氏滅亡後、1583年に徳川家康から社領安堵を受けた。江戸時代になると朱印地8石を下賜された。明治時代には、郷社に列した。
当社は、JR中央本線・石和温泉駅の北東1kmほどの御室山の山麓にある。境内南側300mのところを国道140号線(秩父に抜ける幹線道路、別名「雁坂みち」)が通っている。山の麓ということもあって、境内周りは境界があいまいな感じで、参道も真っ直ぐではなく、神社というよりも寺院という感じを受ける。旧郷社ということでけっして大きくはないが、古代甲斐國の中心地、本殿は室町期の建立で国重文、山梨の地名の由来になっているなど、歴史ロマンに浸ることができる。
今回は、一日甲府旅行の5社目、式内論社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分以外には参拝者は見かけなかった。
※社務所に宮司さんの連絡先が掲示してあり、電話をすると来ていただけるとのこと(ネット情報)であったが、連絡先を発見できず、ご朱印拝受は断念した...涙
境内地の南方300m、国道140号線沿いにある<社号標>。少し進むと<平等川>に架かる<神橋>を渡る。背後の<御室山>を目指すので分かりやすい。
境内地が近づくと、奉納石柱が現れる。でも鳥居が見えない。
人皇十代崇神天皇の御代、国内に疫病の流行や災害が多発し、これを憂ひた天皇の勅命により背後の御室山中腹に創祀される。
後十三代成務天皇の御代に麓の山梨の群生林を切り開いて現在地に遷座され山梨岡神社と号す。
この故事により「山梨」の地名発祥の地と伝へられる。
延喜式内社甲斐国二十社の一つに数へられ、古くは山梨明神・山梨権現・日光権現とも称せられ武田家累代の祈願所として篤く崇敬された。
江戸時代には雷除け魔除けの夔神信仰が流行し、当社より御三家・大奥を始め大名家から旗本衆に至るまで広く神影版画神札が献上された。
現本殿は室町末期飛騨の匠の技と伝へられ、国の重要文化財に指定されてゐる。
また、古来より伝はる太々神楽は、武田信玄公出陣の際戦勝を祈願して奉納された神楽として伝へられてゐる。
摂社に日本武尊・弟橘姫命を祀る吾妻屋宮があり、毎年四月に昼夜三日間に渡り執行される例大祭は、両社御祭神を奉祀する合同例祭で通称「あづまやさん」として古くから親しまれ、太々神楽の奉納を始め虫加持祈祷や神輿の盛大な渡御もあり、この地域一帯の有数な祭典として神楽見物や参拝者等で大変な賑はひを見せてゐる。
明治五年郷社に列せられた。
(山梨県神社庁の神社紹介より引用)
| 住所 | 山梨県笛吹市春日居町鎮目1696 |
|---|---|
| 行き方 | 中央自動車道、一宮御坂ICより車で20分
|
| 名称 | 山梨岡神社 |
|---|---|
| 読み方 | やまなしおかじんじゃ |
| 参拝時間 | 8:30~17:00 |
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0553-26-4263 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご祭神 | 大山祇命、高龗神、別雷神 |
|---|---|
| 文化財 | 宝物・武田信玄公社参状、同奉納食器一式、夔神木像、同神影版木原版他
|
| ご由緒 | 人皇十代崇神天皇の御代、国内に疫病の流行や災害が多発し、これを憂ひた天皇の勅命により背後の御室山中腹に創祀される。
(山梨県神社庁の神社紹介より引用) |
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