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御厨神社の御朱印・御朱印帳
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二見シリーズ今回はラストになります^ ^
とても広く清々しい御神域です。
御祭神) 応神天皇
配祀神) 菅原道真、素戔嗚命
【県神社庁由緒抜粋】
往年、社殿と共に記録文書を消失し創立年不詳又、社伝によると神功皇后の西征の際
二見浦に停泊し船子を加え兵糧を集めた時、土地の者が食物を奉ったと言う
その事故により御厨の名が起こった!
御厨と言う言葉は主として伊勢神宮について使用される事から、その荘園ではなかったのかとの説もある
貞観年間859〜877に八幡宮を勧請
後に太宰府に左遷された菅原道真も、この地に上陸した所縁で天満宮を勧請
この土地柄から海運関係者の尊崇が厚く
拝殿内には帆前船の絵馬や模型が奉納されている


御厨神社(みくりやじんじゃ)
主祭神 誉田別尊
菅原道真
素蓋鳴命(牛頭天王)
例祭 祇園祭り:7月10・11日
秋祭:10月20日〜26日の間の土日
御由緒
往年の火災により、社殿と共に記録文書を消失し創立の年月は不詳。社伝によると、神功皇后の西征の際、この二見浦に船を泊めて船子を加え兵糧を集めた時、土地の者が食物を奉ったところという。
その事故によって御厨(神饌を調進する所)の名が起った。だが、この御厨という言葉は、主として伊勢神宮について使用されることから、伊勢神宮の荘園ではなかったかとの説もある。
貞観年間(859~877)に八幡宮を勧請。延喜元年(901)菅原道真が筑紫大宰府に左遷されて西行の途次、船をこの浦に寄せて社地に上陸した所縁により、寛和年(985~987)に天満宮を勧請。
この当時の社地は君貢神社(二見町東二見1)付近と伝え、菅原道真が西下の時、一夜の宿とした岡を“仮寝の岡”といい、そこに手植えした松を“仮寝の松”として神木とされ、二見の名所であった。松は枯れたが、石碑は残っている。・
しかし、菅公が休息したのは現在の社地であるという説もあり、鳥居の傍らの松に“菅公腰掛松”というものがあったといい、また菅公が右大臣であったところから、大臣の唐名・丞相を冠して地名とした丞相谷は現社地の南方にある。
現社地が卯ノ花ノ森に移ったのは長暦年間(1037~1040)と伝えられる。卯ノ花ノ森は常盤木の森ともいい、付近一帯を御社の岡と呼ぶ。
土地柄から船頭や回船業者など海運関係者の尊崇が厚く、拝殿内に帆前船の絵馬と模型が奉納されている。
~御厨神社HP より~
兵庫県明石市二見町東二見1323
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