きたのてんまんじんじゃ
北野天満神社兵庫県 新神戸駅
午前7時30分~午後5時開門
社務所
午前9時~午後5時
御朱印 | |||
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限定 | |||
御朱印帳にお書き入れ | |||
御朱印帳 | |||
駐車場 | なし |
高台にある北野天満神社からの眺望が良いです。
三宮駅から北野坂を登って、異人館街にある北野天満神社さん。
三宮駅から徒歩20~25分ほど。
坂を登ってさらに階段を登ってですね笑
写真は補正で天気でもおかしくないような空ですが、この時点で割と雨降ってます笑
御祭神は菅原道真公。
紅葉詣御朱印と、切り絵御朱印 錦秋
を頂きました。
今日は本来は、
三宮駅→北野天満神社→一宮神社→二宮神社→生田神社→三宮神社→四宮神社→南京街→三宮駅
の予定だったけど、北野天満神社に向かう途中から雨が降ってきたので
三宮駅→北野天満神社→一宮神社→生田神社→三宮駅→大阪城公園駅→大阪城→大阪城公園駅に変更になりました
紅葉詣
錦秋の切り絵御朱印
神戸北野異人館街へ用事があり、せっかくなので北野天満神社へも参拝いたしました。
GWに入って最初の日曜日ということもあり、境内には国内外の観光客の方が多く訪れていました。
前回参拝は2月でしたが、新緑が眩しい初夏ということもあり清々しい気持ちでお参りできました。
手水舎
拝殿
鳥居をくぐり石段の登り切った右手に宝篋印塔があります
御神牛
絵馬奉納所には白い御神牛
白龍大善神
天高稲荷神社
薬照大明神
初夏って感じですね♪
いつもの拝殿前から見える「風見鶏の館」
現在耐震補強工事中のため入れません
「うろこの家」
「坂の上の異人館」
神戸北野異人館街の一角にある北野天満神社。
2年3ヶ月ぶりの参拝だったのですが、なぜかつい最近も参拝したような気持ちになりました。
参拝したのは2月10日。
神戸南京町でも中国の旧正月を祝う春節祭がこの日から始まっていた影響もあり、参拝客には多くの中国の方もいらっしゃいました。
<御祭神>菅原道真公
<御由緒>
治承4年(1180年)、平清盛公が禁裡守護、鬼門鎮護の神として、京都北野天満宮から勧請し社殿を造営。僧信海に管理させたのが始まりとのこと。
夕方にも関わらず多くの方がいらっしゃいました
参道の階段を登り切った右手にある手水舎。
「叶い鯉」と呼ばれていて、この鯉に水をかけて祈願すると願いが叶うとされています。
「鯉にかける」⇒「恋にかける」ということから、恋愛成就の御利益があるそうですよ。
手水舎の横にはピンクの鯉がたくさんありました
拝殿
拝殿の奥にはまた階段があり、そこを登った先に本殿があります。
本殿
本殿前に飾られていた切り絵御朱印?
「令和十二年」の文字があり、説明が書かれていたようにも思うのですが、他の参拝者の方もいらっしゃったため写真だけ撮って後で確認しようと思って忘れていました😅
末社 天高稲荷神社
末社 薬照大明神
梅の花が夕日に照らされてより紅く見えました
境内から見た「風見鶏の館」
治承4年(1180)の6月、平清盛公が、京都から神戸に都を移し、「福原の都」を造るに当たって禁裡守護・鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮を勧請して祀られたことが当社の始まりです。
住所 | 兵庫県神戸市中央区北野町3-12-1 |
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行き方 | (1)JR三ノ宮駅・阪急、阪神「神戸三宮駅」から徒歩約20分。北野坂を上がり、異人館街にある風見鶏の館、東隣 (2)山陽新幹線 新神戸駅より 徒歩約15分 |
名称 | 北野天満神社 |
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読み方 | きたのてんまんじんじゃ |
通称 | 北野天神 |
参拝時間 | 午前7時30分~午後5時開門
|
参拝にかかる時間 | 40分 |
参拝料 | なし |
トイレ | なし(近くの北野観光案内所内にあり) |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 078-221-2139 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.kobe-kitano.net |
おみくじ | あり |
絵馬 | あり |
SNS |
ご祭神 | 《主》菅原道真 |
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創建時代 | 1180年(治承4年) |
創始者 | 平清盛 |
ご由緒 | 治承4年(1180)の6月、平清盛公が、京都から神戸に都を移し、「福原の都」を造るに当たって禁裡守護・鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮を勧請して祀られたことが当社の始まりです。 |
体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬結婚式七五三御朱印お守り |
概要 | 天満神社(てんまんじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区北野町に鎮座する神社。通称:北野天満神社(きたのてんまんじんじゃ)。 |
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歴史 | 歴史[編集] 福原遷都に際して平清盛の命を受けた大納言邦綱が、新しい都の鬼門鎮護京都の北野天満宮を勧請して社殿を造営し、僧信海に管理させたのが当社のはじめと伝えられている。治承4年(1180)のことだという。 以後、神戸の北野天満神社の周辺は「北野」と呼ばれるようになった。中世の武家の世では、当社はしばしば戦乱に巻き込まれた。 南北朝の動乱期の湊川の戦いや、応仁の乱にかかわる兵庫の津焼きうちなどでも被害を受け、幾度か衰退の憂き目を見た。特に戦国末期には、中国の毛利氏と結んだ荒木村重配下の花隈城に近かったため、織田信長の命で花隈城を攻めた池田氏がすぐそばに陣を敷き、北野天満神社も激戦に巻...Wikipediaで続きを読む |
アクセス | 交通アクセス[編集] JR・阪急・阪神・地下鉄三宮駅より、北野坂を上がり、約700メートル北詰、風見鶏の館東隣、徒歩12分 |
引用元情報 | 「天満神社 (神戸市中央区)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A4%A9%E6%BA%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%B8%82%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%8C%BA%29&oldid=90824734 |
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