ひのみさきじんじゃ
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【日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)】
日御碕神社は、島根県出雲市の日御碕に鎮座します。古来より出雲は日が沈む聖地であり、「日の本の昼を守る」伊勢神宮に対して、日御碕神社は「日の本の夜を守る」とされてきました。天照大御神を祀る「下の宮(日沉宮)」と、素盞嗚尊を祀る「上の宮(神の宮)」の2社から構成されており、2社を総称して日御碕神社(日御碕大神宮)と呼ばれています。
日御碕神社の砂は、古くから出雲屋敷での鎮めものとして使われ、お清めにも利用されてきました。この砂をお守りとして授与されるようになってから、不思議な奇跡体験が報告されています。病気平癒、交通安全、悪霊退散といったご利益があるとされています。
-祭神ー
①天照大御神(あまてらすおおみかみ)…三貴神の一柱。太陽神。
②素盞嗚尊(すさのおのみこと)…三貴神の一柱。天照大御神の弟。

稲佐の浜弁天島チャレンジ(お社消失)の後お伺いしました。
戸隠神社からの次なる目的地です。天岩戸伝説主役の天照大御神様と天岩戸に籠もる原因となった神素盞嗚尊様がいらっしゃいます。
伊勢神宮が日の本の昼を守り、日御碕神社が日の本の夜を守ると言われ日没の宮としてこちらにいらっしゃいます。
この後玉作湯神社に行く予定でしたので、御朱印は一つ空けて授かりましたが、書置きでしたので
一つ空いてしまいました(笑)
ちなみに余談ですが、とある神社に参拝する夢を見ました。御本殿の形や厳かな雰囲気から一つ思い当たる神社があるのですが、一度も参拝したことのない神社です。
しかしながら、出雲大社の縁結び大祭にて、行く前に出雲大社参拝する夢を見た経験から、急遽予定変更。目的地は東となりました。
これも何かのご縁なのかもしれません。
参拝できましたら、投稿したいと思います。
貴重なお時間をありがとうございます。
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上の宮 神の宮と下の宮 日沉宮の2社あり
両方を総称して日御碕神社と言われます。
伊勢神宮が日本の昼を守る
日御碕神社は日本の夜を守ると言われ
日沈宮(ひしずみのみや)といわれています。
島根の三社参り(諸説有り)
「出雲大社~日御崎神社~美保神社」の三社。
この三社の神は親子の関係です。
日御碕神社 素戔嗚尊
出雲大社 大国主神
美保神社 事代主神
・下の宮「日沉宮(ひしずみのみや)」
御祭神 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
日沉宮が現社地に遷座されたのは天暦2年(948)の頃で、それまでは経島(ふみしま)に鎮座されていたそうです。
・門客人社
御祭神 櫛磐窓神 豊磐窓神
・蛭児神社
御祭神 蛭児命
・韓國神社
御祭神 須佐之男命 五十猛命
・十九社摂末社
末社
日和碕神社 御祭神 大市姫命
秘臺神社 御祭神 日神荒魂
曾能若媛神社 御祭神 曽能若姫命
大山衹神社 御祭神 大山祇命 磐長姫命
意保美神社 御祭神 意美豆怒命
波知神社 御祭神 須世理姫命
大土神社 御祭神 大土神
摂社
立花神社 御祭神 伊弉諾命
末社
中津神社 御祭神 磐土命 赤土命 底土命
宇賀神社 御祭神 倉稲魂神
窟神社 御祭神 稚日女命
眞野神社 御祭神 近江国諸神
大野神社 御祭神 出雲国諸神
問神社 御祭神 稲田姫命 脚摩乳命
手摩乳命
加賀神社 御祭神 天照大神
坂戸神社 御祭神 道返大神
若宮 御祭神 手力男命 大玉命
児屋根命
大歳神社 御祭神 大歳神 興津彦神
興津姫神
八幡神社 御祭神 仲哀天皇 慶神天皇
神功皇后
・荒魂神社 御祭神 速荒雄命
・上の宮「神の宮(かみのみや)」
御祭神 素盞嗚尊
・稲荷神社
御祭神 土祖神 大己貴命 倉稲魂命
・神紋石舎
神社の神紋「三ツ柏」の由来にもなった柏の葉の化石
・御神砂守
日御碕神社には、1日に決められた数だけ授与される貴重なお守りがあります。そのお守りの名前は、御神砂守(砂のお守リ)
清めとして使う「お砂」
「日御碕神社」の清められた砂が入っています。この御守りは、強力な除け効果があると言われていて、「東日本大震災の時もこのお守りを持っていた人が助かった」
「交通事故で医師から見放された人が一命を取り留しかも全快従前どうりの仕事が出来るようになった」「体の悪いところが治ってきた」等
すごいご利益が報告されているそうです。
このお守りは、一度授かったら一生持ちけることができるんです。
拝受出来ました💕
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島根県1泊2日旅。出雲編夕刻です。
出雲の大社町では最も日本海に飛び出た部分になります。
途中に気になる神社がいくつもあったのですが すでに夕刻のために目をつぶりました。
駐車場に車を停め 歩いて1分ほどです。
すぐそばに漁港があり 集落になっていました。
その集落の半分近くが日御碕神社関係の土地だと思いました。
境内に入ると目の前に拝殿があるのですが 実はこれは下の宮。
境内が下の宮と上の宮に分かれていたのです。
石段を少し上がると上の宮。どちらの拝殿も本殿も立派でした。
摂末社も多く 十九社はそれぞれの御祭神が書かれていました。
これだけ摂末社があり 立派な社殿を構えておられますので さぞかし名のある方が建立したのだろうと思い調べてみました。
寛永21年(1644年) 徳川家光の命により建立された由緒ある神社でした。
将軍の命ならそりゃそうだ。
由緒については
社伝によると 素盞鳴尊は出雲の国造りの後 熊成峰に登り 鎮まる地を求めて 柏葉を風で占うと隠ヶ丘に止まった。
そこで御子・天葺根命は御魂をその地で奉斎したと伝わり 隠ヶ丘(古墳)が現・社殿の裏側にある。
日沈宮は元は文島(現・経島)に鎮座し 天葺根命が文島にいたとき 天照大神が降臨し 「我天下の蒼生(国民)を恵まむ、汝速かに我を祀れ」との神勅によって奉斎したのが始まりと伝わる。
平安時代末期に後白河上皇が編纂した『梁塵秘抄』に「聖の住所(すみか)」として記される修験の聖地である。
神の宮(上の宮)は 現・社殿の背後にある隠ヶ丘に鎮座していたが 安寧天皇13年(紀元前536年)に 勅命により現在地へ遷座し 日沈宮(下の宮)は 経島(日置島)に鎮座していたが 天暦2年(948年)に村上天皇の勅命により現在地に遷座したと伝わる。
とありました。
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