あらたはちまんじんじゃ
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荒田八幡神社は神戸市兵庫区にある神社です。
この辺りを散策するのは半年ぶりでした。
未参拝寺院を巡っていたのですが すぐ近くを通りましたので寄らせていただきました。
こちら荒田八幡神社は 無住で御朱印は特別な日しかいただけないのですが素敵な神社です。
境内は高台にあり 鳥居をくぐってスロープを上がって境内に入ります。
社殿は境内社にいたるまですべてが新しいです。
参拝者は誰もおらず 心静かに参拝できました。
安徳天皇行在所址の碑があり この近くは平頼盛の山荘があったので 都から西に逃れる平氏にとっては大切な地だったのでしょう。
神戸市兵庫区には 平清盛公ゆかりの寺社・遺跡がたくさんあります。
そりゃそうです 福原遷都されたわけですから。
神戸港だって清盛公が「泊」から「港」にしたんですから。
ネット情報です。
御神祭は応神天皇(おうじんてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)・安徳天皇(あんとくてんのう)です。
荒田八幡神社は古くは高田神社といい 荒田村字一町田に鎮座していました。
そこでは熊野権現を祀っていたため その森を権現の森を言っていましたが のちに すぐ西にある宝地院境内にあった八幡社を神仏混淆をさけて 明治31年(1898年)にここに合祀して 荒田八幡神社とされました。
神社近辺の土地は 周囲より一段と高く この高台付近が都として重要な地であったと考えられます。
荒田八幡神社の土地は 平清盛の弟・池大納言平頼盛の山荘であり 治承4年(1180年)6月3日の福原遷都の際には安徳天皇の行在所となりました。
いわゆる今日でいう皇居であり 現在 境内には安徳天皇行在所跡の碑が立っています。
この頼盛の別荘については 高倉天皇の「厳島御幸記」に「申の刻(午後4時)に福原に着かせ給う。…あした(あらた-荒田)といふ頼盛の家にて笠懸(かさかけ)流鏑(やぶさめ)など仕うまつらせ 御覧せらる。日暮れ帰らせ給う。」という記述があり 広い邸内であったことが推測されます。
また 邸内は一段高く 昭和13年(1938年)7月の神戸大水害の時にも 付近一帯泥海のなかで島のように見えるほどでした。
こうした日本の歴史の一端を担い また神戸の史跡として重要な役割を果たし 「平家ゆかりの地」としても有名です。
ところが 昭和20年(1945年)3月の神戸大空襲によって社殿が焼失してしまい 仮社殿を再建し40年が経過した昭和60年(1985年) 現在の新社殿の建立となりました。
昭和55年(1980年)6月3日 神戸にとって歴史的意義のある福原遷都800年を迎え 神戸市及び郷土史家の方々の手によって「福原遷都八百年記念碑」が建設されました。
荒田八幡神社は厄除の神様として知られ 古くから兵庫県下一円より厄除大祭(1月18日、19日、20日)には参拝者で賑わっています。

神戸市兵庫区にある神社です。
(危ない危ない投稿とばすところだった)
神大病院の近くにあります。
住宅街に荒田八幡公園があり これはもと境内かなぁけっこう広いです。
公園から見て東側に神社があり 鳥居は公園向き(西向き)にたっています。
公園では子供たちが遊んでいました。
少しスロープを上がるような感じで境内に入ります。
手水舎は花手水になっていました。
造花だったのが少し残念ですが 仕方がないですね。
社殿は境内社にいたるまですべてが新しいです。
安徳天皇行在所址の碑があり この近くは平頼盛の山荘があったので 都から西に逃れる平氏にとっては大切な地だったのでしょう。
立派な拝殿でご挨拶できました。
拝殿のすぐ右手には境内社の清荒社・高田稲荷社があります。
こちらもぴっかぴかの朱色。
祠の前には鏡と狐さんと大黒様。
少し高台になっているので 昔昔は福原京を見渡すことができたのだろうと思いました。
社務所は無人でしたので御朱印は拝受できませんでした。
ネット情報です。
御神祭は応神天皇(おうじんてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)・安徳天皇(あんとくてんのう)です。
荒田八幡神社は古くは高田神社といい 荒田村字一町田に鎮座していました。
そこでは熊野権現を祀っていたため その森を権現の森を言っていましたが のちに すぐ西にある宝地院境内にあった八幡社を神仏混淆をさけて 明治31年(1898年)にここに合祀して 荒田八幡神社とされました。
神社近辺の土地は 周囲より一段と高く この高台付近が都として重要な地であったと考えられます。
荒田八幡神社の土地は 平清盛の弟・池大納言平頼盛の山荘であり 治承4年(1180年)6月3日の福原遷都の際には安徳天皇の行在所となりました。
いわゆる今日でいう皇居であり 現在 境内には安徳天皇行在所跡の碑が立っています。
この頼盛の別荘については 高倉天皇の「厳島御幸記」に「申の刻(午後4時)に福原に着かせ給う。…あした(あらた-荒田)といふ頼盛の家にて笠懸(かさかけ)流鏑(やぶさめ)など仕うまつらせ 御覧せらる。日暮れ帰らせ給う。」という記述があり 広い邸内であったことが推測されます。
また 邸内は一段高く 昭和13年(1938年)7月の神戸大水害の時にも 付近一帯泥海のなかで島のように見えるほどでした。
こうした日本の歴史の一端を担い また神戸の史跡として重要な役割を果たし 「平家ゆかりの地」としても有名です。
ところが 昭和20年(1945年)3月の神戸大空襲によって社殿が焼失してしまい 仮社殿を再建し40年が経過した昭和60年(1985年) 現在の新社殿の建立となりました。
昭和55年(1980年)6月3日 神戸にとって歴史的意義のある福原遷都800年を迎え 神戸市及び郷土史家の方々の手によって「福原遷都八百年記念碑」が建設されました。
荒田八幡神社は厄除の神様として知られ 古くから兵庫県下一円より厄除大祭(1月18日、19日、20日)には参拝者で賑わっています。
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|荒田八幡神社の基本情報
| 名称 | 荒田八幡神社 |
|---|---|
| 読み方 | あらたはちまんじんじゃ |
| 通称 | 八幡さん |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》応神天皇 |
|---|---|
| Youtube | |
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