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なみよけじんじゃ(なみよけいなりじんじゃ)

波除神社(波除稲荷神社)
東京都 築地市場駅

御朱印・御朱印帳

通年でいただける御朱印(3種類)

通年でいただける御朱印(3種類)

①波除神社の御朱印
②弁財天社の御朱印
③東京福めぐりの御朱印
11月にいただける限定御朱印(9種類)

11月にいただける限定御朱印(9種類)

①七福神参りの御朱印(7種類)
②一の酉の限定御朱印
③二の酉の限定御朱印
12月にいただける限定御朱印(2種類)

12月にいただける限定御朱印(2種類)

①七福神参りの御朱印(弁財天)
②お火焚神事の限定御朱印
御朱印帳(3種類)

御朱印帳(3種類)

①御朱印帳(ピンク)
②御朱印帳(紺)
③限定御朱印専用御朱印帳

通年でいただける御朱印

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御朱印について御朱印
あり
限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり

普通サイズ(11×16)、寺社オリジナル

波除神社限定御朱印帳

パーキング
駐車場
なし

なし

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例祭・神事

1月1日             元旦祭
2月3日             節分祭追儺式
2月7日             七福神参り 末社・大黒天大祭
3月7日             七福神参り 末社・恵比寿大祭
3月旧暦初午の日        初午祈年祭〈春の大祭〉
4月最初の巳の日        初巳大祭
4月7日             七福神参り【大黒天】
5月7日             七福神参り【恵比寿】
6月7日             七福神参り【弁財天】摂社・弁財天大祭
6月10日又は前後の金曜から日曜 例祭〈夏越の大祭〉夏越し大祭 つきじ獅子祭
6月30日            夏越しの大祓式
7月7日             七福神参り【毘沙門天】
8月7日             七福神参り【寿老人】
9月7日             七福神参り【福禄寿】
10月7日            七福神参り【布袋尊】
11月7日            七福神参り 天井大獅子大祭
11月酉の日           築地 酉の市
11月23日           新嘗祭
12月7日            七福神参り摂社・弁財天大祭
12月31日            お大祓式

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歴史

今から350年程前の江戸時代初期、この築地一帯は一面の海でした。
江戸城増築と供に始められた江戸の埋め立ての際に、4代将軍家綱公が手がけた最後の埋立の工事で困難を極めたのが、この築地海面でした。堤防を築いても築いても激しい波にさらわれてしまうのです。
萬治2年(1659)の或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思い船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体でした。皆は畏れて、早速現在の地に社殿を作りお祀りして、盛大なお祭りをしましたところ波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。
人々は、御神徳のあらたかさから稲荷大神に『波除』の尊称を奉り、雲を従える『龍』、風を従える『虎』そして一声で『龍虎』を威伏させる『獅子』の巨大な頭が数体奉納され、それにあわせて当時裕福な方は個人で、お金にゆとりのない方は数人で「請」をつくりお金を出し合い一対の獅子頭を持ち、江戸時代から明治にかけまして築地一帯では数十対の獅子頭を持ち、これを担いでまわったのが当社の夏の祭礼『つきじ獅子祭』の始まりです。
創建当時に奉納された巨大な獅子頭は江戸時代に焼失し、築地一帯にあった多くの獅子頭も関東大震災でほぼ焼失し、この時に修理に出されていた寛永元年(1848)作の獅子頭一対のみが難を免れ残り、この獅子頭は区の文化財に指定されました。
江戸時代に焼失した巨大な獅子頭は雄獅子(天井大獅子)が平成2年に、雌獅子(弁財天お歯黒獅子)が平成14年に再興され、境内の獅子殿・弁財天社に安置されております。本殿には江戸時代に焼失し平成24年に再興された『龍虎』の頭を見下ろす形で、焼失を免れた文化財の獅子頭が安置されております。

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写真

波除神社(波除稲荷神社)(東京都)
波除神社(波除稲荷神社)の像
波除神社様には十二支の石像もあります😊
波除神社(波除稲荷神社)の歴史
☆おきつね様と奉納 魚がし碑☆  おきつね様は、いつの頃からか「おきつね様 」とお参りの方々に呼ばれ親しまれています祠で由緒は定かではありません。途絶えることなくどなたかが赤い前掛けを取替えて下さっているそうです。  奉納 魚がし碑は、高さ約2m 自然石の碑です。裏に大正14年4月吉日と彫られていて、魚がしが現在地に移転してきた時の奉納碑で、当神社も関東大震災で焼失しており仮社殿の御造営に御奉賛頂いた折に建てられたものと思われます。裏に世話人、表に奉賛者名が刻まれています。
波除神社(波除稲荷神社)の歴史
☆奉納 吉野家碑と奉納 辯戈天 魚がし碑☆  吉野家碑は、平成28年8月31日に牛丼で有名な吉野家様により建立。 吉野家は日本橋にあった魚河岸で開業し、関東大震災の影響で魚河岸が築地に移転したため、同時に築地に移転、東京大空襲で店舗が焼失したものの戦後屋台で営業を再開、昭和34年に「築地一号店」を開業しました。 創業店が築地市場にあったという‘感謝の思い’を後世にこのすため、記念の石碑として建立されました。  奉納辯戈天•魚がし碑は高さ約1m 自然石の碑です。裏に昭和4年11月吉日と彫られていて、御本殿の御祭神に縁の深い弁財天の社殿として現在の末社をご奉納頂いた時の奉納碑です。弁財天へのご信仰の深さを物語るものといえます。  両碑は共にその時代の魚がしの仲買の屋号の変遷を知ることが出来る貴重な資料と言えます。
波除神社(波除稲荷神社)の像
波除神社(波除稲荷神社)の歴史
☆錦絵☆  明治元年に完成し明治5年に焼失した日本で最初のホテル「築地ホテル館」が描かれた錦絵。錦絵の右端をみると波除神社の社殿を見ることが出来ます。  社殿の位置は現在と同じ場所にあり社殿の向きも現在と同じであるが、鳥居の位置と向きは現在とは異なり境内左側の摂社•末社あたりに現在の晴海通りを向けた(社殿向かって左側)にあったことがわかります。  当時の社殿は関東大震災で焼失し、昭和12年に再建、築地市場開業にあわせ鳥居は現在の向きに新たに建て直されました。
波除神社(波除稲荷神社)の芸術
波除神社(波除稲荷神社)(東京都)
☆願い串と籠☆
波除神社(波除稲荷神社)の芸術
波除神社(波除稲荷神社)の芸術
☆獅子殿☆  江戸時代、厄除•災難除の象徴として多くの参詣者を集め又当神社祭礼「つきじ獅子祭」の名称の元をもなした「厄除天井大獅子」は江戸末期に焼失以来その復興を待たれておりましたが、平成2年に神社の御鎮座330年を記念し、樹齢約三千年の黒檜(ねず)の原木を用いて、高さ2.4m•幅3.3m•重さ1t 往時に勝るとも劣らぬ名実共に日本一の厄除天井大獅子として、加賀鶴来の現代の名工•知田清雲氏とその工房の手により再興され、神楽殿を基礎より全面改築された獅子殿に納められました。  故実の通り、おまいりの方が願いを託された「願い串」をこの天井大獅子の舌の上の収め籠に納め念じると、願い事を大獅子様におのみ頂きかなえて頂けると、今も多くの方々のお参りがございます。この「願い串」は専用の箱に収められ一年分を十二月第三土曜日に執り行われるお火焚祭でお焚き上げを致します。
波除神社(波除稲荷神社)の芸術
波除神社(波除稲荷神社)の芸術
☆摂社 弁財天社☆  学芸の才能と豊かな財をなす福徳の神、市杵島姫命をお祀りこの御祭神を俗に弁財天と称することから弁財天社と呼ばれ、江戸時代の御本殿の御創建に時を同じくお祀りされ、縁の有る事から摂社として大切にお祀りされています。  中に収められている「お歯黒獅子」は江戸時代に東都名物で在った雌の大獅子を祭礼で担ぐ様に高さ一尺の台座を含め高さ2.2m•両耳幅2.5m•総重量700kg 総漆塗り一木造で、木彫•加賀獅子頭の名工の流れをくむ現代屈指の彫刻師•知田清雲氏とそれを支えた熟達の加賀の職人達の技により、紅色の肌地にお歯黒を施し金箔押しの巻き毛で腰高の姿に平成14年再興され、この雌を表す頭の宝珠の中に弁財天•市杵島姫命の御神像が収められています。
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波除神社(波除稲荷神社)の情報

住所東京都中央区築地6-20-37
行き方

・東京メトロ日比谷線「築地」駅徒歩7分
・都営大江戸線「築地市場」駅徒歩5分
・都営バス「築地6丁目」徒歩3分

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波除神社(波除稲荷神社)の基本情報

名称波除神社(波除稲荷神社)
読み方なみよけじんじゃ(なみよけいなりじんじゃ)
通称波除さま
参拝時間

9:00~17:00

参拝料

なし

御朱印あり
限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号03-3541-8451

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

メールアドレスinfo@namiyoke.or.jp
ホームページhttp://www.namiyoke.or.jp/
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詳細情報

ご祭神《主》倉稲魂命
創建時代1659年(万治2年)
本殿神明造
文化財

中央区指定文化財
獅子頭一対
鉄製天水鉢

ご由緒

今から350年程前の江戸時代初期、この築地一帯は一面の海でした。
江戸城増築と供に始められた江戸の埋め立ての際に、4代将軍家綱公が手がけた最後の埋立の工事で困難を極めたのが、この築地海面でした。堤防を築いても築いても激しい波にさらわれてしまうのです。
萬治2年(1659)の或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思い船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体でした。皆は畏れて、早速現在の地に社殿を作りお祀りして、盛大なお祭りをしましたところ波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。
人々は、御神徳のあらたかさから稲荷大神に『波除』の尊称を奉り、雲を従える『龍』、風を従える『虎』そして一声で『龍虎』を威伏させる『獅子』の巨大な頭が数体奉納され、それにあわせて当時裕福な方は個人で、お金にゆとりのない方は数人で「請」をつくりお金を出し合い一対の獅子頭を持ち、江戸時代から明治にかけまして築地一帯では数十対の獅子頭を持ち、これを担いでまわったのが当社の夏の祭礼『つきじ獅子祭』の始まりです。
創建当時に奉納された巨大な獅子頭は江戸時代に焼失し、築地一帯にあった多くの獅子頭も関東大震災でほぼ焼失し、この時に修理に出されていた寛永元年(1848)作の獅子頭一対のみが難を免れ残り、この獅子頭は区の文化財に指定されました。
江戸時代に焼失した巨大な獅子頭は雄獅子(天井大獅子)が平成2年に、雌獅子(弁財天お歯黒獅子)が平成14年に再興され、境内の獅子殿・弁財天社に安置されております。本殿には江戸時代に焼失し平成24年に再興された『龍虎』の頭を見下ろす形で、焼失を免れた文化財の獅子頭が安置されております。

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