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ちばけんごこくじんじゃ

千葉縣護國神社
千葉県 千葉公園駅

千葉縣護國神社について

令和4年2月25日に移転

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2026年02月27日(金)596投稿

千葉県 千葉市 若葉区 桜木 4丁目 に鎮座する千葉県護国神社、千葉県出身者の御魂を祀る招魂社、日本の為 千葉県の為 家族の為、ご尽力下さった、英霊を祀る招魂社、現在の日本が有るのは、平和の礎になり自国の為と言うより 祖国の家族の為 戦地 国事に赴いて頂いた方々に守って頂き成り立ってます、何も知らない 平和な世に産まれた方々にも人事とは思わずに日本人の心有れば立ち寄って頂きたい、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 に 全国護国神社 参拝 にて訪れました、対応は 丁寧で迅速な神社様でした、どの様な神社か引用を用いて調べてみました、主祭神は 千葉県出身の国事殉難者
社格等、内務大臣指定護国神社・別表神社
創建年は 1878年(明治11年)例祭は'4月10日・10月10日 明治天皇の深い思召を以て、明治11年1月27日、初代県令柴原和が発起となり、一身を捧げて国難に殉ぜられた人々の熟を永く顕彰し、そのみたまをお慰め申し上げるため、千葉県庁公園内に千葉縣招魂社として創建せられたのに始まり、爾来社地変更・ご社号改称等の変遷を経て、昭和42年9月30日亥鼻山から千葉市中央区弁天に遷座、令和4年2月25日現地内地にご遷座申し上げ、現在に至っております。明治11年(1878年)1月27日に柴原和初代県令の発起により、「千葉縣招魂社」として創建され、明治維新で亡くなった佐倉藩の安達直次郎盛篤ら16人の霊が祀られた。昭和14年(1939年)、招魂社の制度が護国神社に改められるのに伴い「千葉縣護國神社」と改称した。昭和18年(1943年)4月には主務大臣により1県1社の「護國神社」として指定される。昭和20年(1945年)7月、千葉市街の大半を焼失する戦災により、社殿を焼失した。
第二次大戦後は、軍国主義施設とみなされるのを防ぐ目的で頌徳神社に改称した。主権回復後の昭和27年(1952年)に千葉縣護國神社に復称した。
幕末の嘉永6年(1853年)以降約一世紀にわたり、戊辰の役・西南の役・日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満州事変・支那事変・大東亜戦争などにおいて、ひたすら「国安かれ」との一念のもとに、その尊いいのちを捧げられた方々のみたまを、「護國」の神としてお祀り申し上げているお社であります。その御祭神の多くは幕末から、明治・大正・昭和にかけて、敢然と国難に立ち向かわれた前途有為な青壮年たちで現在五万七千余柱にのぼり、しかもそれは軍人だけでなく、従軍看護婦や児童、生徒など女性の御祭神も含まれているのです。このように、当社の御祭神は身分・勲階・男女の区分なく、すべて祖国に殉ぜられた尊いみたまとして斉しく大切に祀られております

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例祭・神事

4月10日  例祭
10月10日 例祭

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歴史

明治天皇の思召により、明治十一年一月二十七日、初代県令柴原和が発起となり一身を捧げて国難に殉ぜられた人々の勲を永く顕彰し、そのみたまをお慰め申し上げるために千葉県庁公園内に千葉縣招魂社として創建せられたのにはじまり、爾来社地変更・御社号改称等の変遷を経て、昭和四十二年九月三十日亥鼻山から御遷座申し上げ、更に平成七年六月には御創立壹百拾五年を記念し御社殿の大修復工事の大事業を完遂しました。
昭和四十八年十月天皇皇后両陛下には、国民体育大会開会式御臨場を機に御親拝遊ばされ、同月全国身体障碍者スポーツ大会に御臨場を機に皇太子(今上天皇)同妃両殿下が御参拝遊ばされるなど創建以来皇室の御崇敬はもとより、県民遺族の変わらぬ崇敬のもとに御神徳は愈々輝き、御社頭は日毎に隆昌に赴いて居ります。

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千葉縣護國神社の情報

住所千葉県千葉市若葉区桜木4-1-1
行き方

JR総武本線千葉駅よりバス約15分(バスターミナル9番乗り場より京成バス 【御成台車庫(市営霊園経由)】行き【市営霊園】下車 徒歩約5分)
千葉都市モノレール2号線 桜木駅より徒歩15分

千葉縣護國神社の基本情報

名称千葉縣護國神社
読み方ちばけんごこくじんじゃ
通称千葉県護国神社
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号043-497-4864

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.chiba-gokoku.jp/
おみくじあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》護国の英霊
創建時代明治十一年(1878)
ご由緒

明治天皇の思召により、明治十一年一月二十七日、初代県令柴原和が発起となり一身を捧げて国難に殉ぜられた人々の勲を永く顕彰し、そのみたまをお慰め申し上げるために千葉県庁公園内に千葉縣招魂社として創建せられたのにはじまり、爾来社地変更・御社号改称等の変遷を経て、昭和四十二年九月三十日亥鼻山から御遷座申し上げ、更に平成七年六月には御創立壹百拾五年を記念し御社殿の大修復工事の大事業を完遂しました。
昭和四十八年十月天皇皇后両陛下には、国民体育大会開会式御臨場を機に御親拝遊ばされ、同月全国身体障碍者スポーツ大会に御臨場を機に皇太子(今上天皇)同妃両殿下が御参拝遊ばされるなど創建以来皇室の御崇敬はもとより、県民遺族の変わらぬ崇敬のもとに御神徳は愈々輝き、御社頭は日毎に隆昌に赴いて居ります。

体験
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