たけいさおじんじゃ
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楽しみ方建勲神社のお参りの記録一覧
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天童ラフランスマラソンに参加した後に、水車生そばの鳥中華(大盛り)で消費したカロリーを満タンに!
そらからこちらの神社を参拝させていただきました。
ご祭神はかの有名な織田信長公。
江戸時代に織田家はあちこちに国替えして、最後はここ山形県天童の領主となったそうです。
御朱印をいただいたおり、宮司さんのご好意で、信長公の肖像画と伝わる絵を見せてもらいました。
宣教師に描かせたものだそうですが、教科書に載ってる絵は全然違ってました笑
まだまだ体力に余裕があるので、このまま山寺で知られる立石寺へ行きます😊

5kmの部で参加。
折り返し地点でカニの切り身が振る舞われましたが、カッサカサの喉には味わう余裕もなく💦
とりあえず目標の30分を大幅に切れたので結果オーライかな😊

天童温泉にある水車生そば








【出羽國 古社巡り】(過去の参拝記録)
建勲神社(たけいさお~)は、山形県天童市天童にある神社。旧社格は県社。祭神は織田信長命。明治時代に創建された藩祖を祀った神社のひとつ。
天童織田家は、織田信長の次男・信雄の子孫で、信雄の四男・信良を祖とする。子孫は上野国小幡藩、出羽国高畠藩を経て、江戸時代後期の1830年に出羽国天童藩を立藩した。その後明治維新を迎え、天童藩知事となった小田信敏が東京の私邸内に「織田社」と称し祀ったが、神祇官から「健織田社(たけしおりたのやしろ)」という神号を下賜され、1870年にこれを天童山の城山(現舞鶴山)山頂に分祀したのが当社の始まり。同年「建勲社」と改称し、のち近代社格制度のもと県社に列格した。1884年に社殿を山頂から山原の現在地に遷座。戦後、現在の「建勲神社」に改称した。
当社は、JR奥羽本線・天童駅の南東650mの、舞鶴山(天童公園)北西麓の小高い場所にある。
平地の長い参道から数十段の階段を登ったところにある境内はあまり広くはなく、階段を登り切ってすぐ正面に社殿があり、その脇に社務所などの建物が建っているのみで非常にコンパクト。説明文含め石碑はいくつか立っているが、境内社などはないみたい。境内の木々の間から天童市内が見渡せる。
今回は、山形県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の昼ごろで、ちょうど七五三の家族連れが昇段祈祷をしていた。純粋な参拝のみの人は自分以外には見掛けなかった。
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