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こうぜんじ|曹洞宗大梅山

興禅寺
兵庫県 黒井駅

興禅寺について

春日局生誕地

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年04月18日(土)3415投稿

興禅寺は兵庫県丹波市にあるお寺です。
春日局の生誕地ということで有名なお寺です。
駐車場が境内のすぐ近くにありますので 参拝がとても楽でありがたいです。
車を停めて 少し離れた場所にある総門をくぐって参道を進みます。
仁王門は小さな川を渡った場所にあります。
本来は石橋を渡るのですが 工事中なのか 仮設の橋を渡ります。
仁王門は赤く塗られていて 金剛力士像の写真を撮るときに触ってしまって 手が赤くなっちゃいました。
でも塗りたてではないですよ。
仁王門をくぐって右手に鐘楼があります。
これは鐘楼殿って言うのかな 建物の中に鐘があります。
本堂は2階建てになっていました。
気になります~。
インターホンはなかったのですが 庫裡で「すみませ~ん。」
ありがたいことに奥様が出て来てくださいました。
が ご住職は不在でした。
ということで本堂には上がれず 御朱印もいただけませんでした。
いえいえ運が悪かっただけ 仕方がないです。
本堂裏手には 春日局産湯の井戸があります。
歴史的に貴重な史跡ということで 鋼板でしっかり屋根をつけて保存されていました。
井戸には水が満ち満ちていて それもとても澄んでいてきれいでした。
イモリが3匹仲良く泳いでいました。
駐車場には 春日局庵というお休み処(?)があり 資料が置かれていました。
大河ドラマ放送記念で建てられたそうです。
そのトイレの壁に 勇ましい絵in写真がありました。
黒井城跡 赤井(萩野)直正vs明智光秀です。

ネット情報です。
山号は大梅山
宗派は曹洞宗別格地
ご本尊は釈迦如来
開基は黒井城城主荻野悪右衛門直正
中興年は寛永3年(1626年) 移築
中興は寂道応勲和尚
札所は氷上郡観音25番
国の史跡(「黒井城跡」として)
興禅寺は 戦国時代の山城黒井城の下館 明智光秀の丹波制圧後に家臣の斎藤利三が居住した館の跡に創建された。
現在も楼門前には水を湛えた七間堀と高い野面積みの石垣と白ねり塀が聳えるという城砦然とした戦国時代の構えをとどめており 山上の黒井城とともに「黒井城跡」として国の史跡に指定されている。
この寺の前身は「杖林山誓願寺」といい 今の位置から150メートル下った場所にあった。
八木城主・内藤宗勝が黒井城を攻城した時に誓願寺も戦火にあい焼失してしまった。
当時の誓願寺があった場所は「寺屋敷」と呼ばれ9つの寺が立ち並んでいて 黒井城の寺町を形成していた。
この時 寺の復興に努力したのが黒井城主・荻野直正(赤井直正)で 堂宇を建立などして再建につとめたと言われている。
現在の場所に移転したのは 黒井城の落城50年後の寛永3年(1626年)のことで下館跡に 本堂等を移転し 山号を「杖林山」から「大梅山」 宗派を真言宗から曹洞宗に 寺号を「誓願寺」から「興禅寺」に 開基を荻野直正とした。
興禅寺の高石垣と水濠は 下館をそのまま再利用したのではないかと言われている。

興禅寺(兵庫県)

総門

興禅寺(兵庫県)

寺号の石柱

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歴史

戦国時代の城下町の中心地だった黒井地区にある「興禅寺」。背後には山全体が巨大な要塞だった黒井城跡があり、ともに国の史跡に指定されています。戦国時代の城主は、戦いのない平時は山すその下館に住んでおり、その館跡が興禅寺で、満々と水をたたえた七軒濠、野面積みの高い石垣、白壁などが当時の様子をよく伝えています。
興禅寺はまた、徳川家光の乳母として知られる「春日局(かすがのつぼね)」が生まれた地としても有名。「お福さま」と呼ばれていたのちの春日局は、3歳までの幼少時代をここで過ごしており、「お福の産湯井戸」や「お福の腰掛け石」などが残っています。

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興禅寺の情報

住所兵庫県丹波市春日町黒井2263
行き方

JR福知山線黒井駅徒歩12分、舞鶴若狭自動車道・北近畿豊岡自動車道 春日インターチェンジより車で6分

興禅寺の基本情報

名称興禅寺
読み方こうぜんじ
参拝料

なし

トイレあり(春日庵横)
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0795-74-0019

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊釈迦如来
山号大梅山
宗旨・宗派曹洞宗
ご由緒

戦国時代の城下町の中心地だった黒井地区にある「興禅寺」。背後には山全体が巨大な要塞だった黒井城跡があり、ともに国の史跡に指定されています。戦国時代の城主は、戦いのない平時は山すその下館に住んでおり、その館跡が興禅寺で、満々と水をたたえた七軒濠、野面積みの高い石垣、白壁などが当時の様子をよく伝えています。
興禅寺はまた、徳川家光の乳母として知られる「春日局(かすがのつぼね)」が生まれた地としても有名。「お福さま」と呼ばれていたのちの春日局は、3歳までの幼少時代をここで過ごしており、「お福の産湯井戸」や「お福の腰掛け石」などが残っています。

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