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さるたひこじんじゃ

猿田彦神社
京都府 嵐電天神川駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年01月25日(日)3171投稿

京都市右京区にある神社です。
この日の散策では最も西に移動してきました。
もう少し西に行けば太秦になります。
こちら猿田彦神社の前の道も何度か通ったことがあり こちらに神社があることは知っていましたが ようやくお詣りすることができました。
(そのうち散策するからね~ってことばかりです)
通りから一段下がった場所に境内があり 扁額が新しい鳥居をくぐります。
町の神社にしては境内が広く 境内社も3つありました。
これは歴史のある神社だなとすぐに分かります。
社務所もあったのですが無人でした。
調べたところ 御朱印は西院春日神社でいただけるので 後で春日神社にも参拝します。
その名の通り猿田彦大神をお祀りしていますので 開運で有名な神社ですから 授与品も多いようです。
境内には石畳のような部分があり こちらは護摩祈祷を行う場所だそうです。
本殿前には 拝殿跡と書かれた道標の方位板が埋められています。
本殿が真東を向いていることが分かります。
真東・・・少しずれるけれど二条城や御所があります。
本殿には猿の彫刻がありました。
これ三猿につながるそうです。
本殿左手には大国主神社が 右手には稲荷神社と秋葉神社がありました。
秋葉神社は火除けの神様ですよね。
火除けであれば 京都市内では愛宕神社の方が多い気がしますが 気のせいでしょうか。
境内にある由緒書には
主祭神は猿田彦大神
大国主命・秋葉大神・稲荷大神
当社は山ノ内庚申と言い 京洛三庚申の一社に数えられ 洛西の旧社として著名なお社である。
古図によれば三条通り側に鳥居があり参拝したと言われる。
猿田彦大神は道ひらきの神 人生の道案内の神と崇められ 開運除災 除病招福の御神徳を以って世に知られている。
見ざる 言わざる 聞かざるの三神猿は世の諸悪を排除して開運招福をもたらす崇高な御神教を示すものである。
庚申祭りは 平安時代より十干十二支の庚申の日に祀り 江戸時代に至り庚申侍 庚申講と言い村人が集まり猿田彦大神 清面金剛のお袖を掛け七種の供物を捧げ夜を明かして万福招来を祈願したのである。
現在も六十日に一回の庚申日にお祭りをしている。
新年初めの庚申日には 近郷近在より除災招福を祈り参詣する信者はあとをたたない。
御社殿はもと安井村松本領にあって境内には山伏修験者の行者があり愛宕詣りをする人々は滝に打たれ身を浄めて参詣したものである。
明治十八年現在の地に移築されたが 行場の名残をとどめる大小無数の石が境内北側に存在し 火伏の神 秋葉明神 南側には不動明王 観世音菩薩地蔵尊を祀る。
昭和五十五年は六十年毎に向かえる庚申の年に当り 御神殿修復中礎石に使用されていた道標に刻まれた「あたごへ二里半」の文字に往時を偲ぶことが出来る。
庚申灯籠(日月)は明治 大正 昭和に数多く奉献されている。
と書かれていました。

ネット情報です。
猿田彦大神は 天照大神の孫にあたられるニニギノミコトの天孫降臨の時に道案内をした神様であり 人生を切り開く「人生開運」「事業開運」にご利益がある神社です。
その創建に関しては逸話が残っており 平安時代に天台宗開祖である最澄が座禅のために霊窟を探していたところ 猿田彦大神が現れてこの地を指し示しました。
ちなみに猿田彦神社は もともとこの場所よりも少し北にあたる太秦安井松本町にありました。
多くの修験道者が 滝行で身を清めた霊場でした。
当神社は 最澄がその座禅石の傍らに猿田彦大神を祀ったことに始まりとされています。
後嵯峨天皇の行幸の際にも 猿田彦が現れ 道案内を務めたとされ その後嵯峨天皇の命により 社殿が建立されたと言われています。

猿田彦神社(京都府)

通りから少し下がった場所に境内があります

猿田彦神社(京都府)

社号の石柱

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歴史

当社は山ノ内庚申と言い、京洛三庚申の一社に数えられ、洛西の旧社として著名なお社である。
古図によれば三条通り側に鳥居があり参拝したと言われる。
猿田彦大神は道ひらきの神、人生の道案内の神と崇められ、開運除災、徐病招福の御神徳を以って世に知られている。
見ざる、言わざる、聞かざるの三神猿は、世の諸悪を排除して開運招福をもたらす崇高な御神教を示すものである。
庚申祭りは、平安時代より十干十二支の庚申の日に祀り、江戸時代に至って庚申待、庚申講と言い村人が集まり猿田彦大神、清面金剛のお軸を掛け、七種の供物を捧げ夜を明かして萬福招来を祈願したのである。
現在も六十日に一回の庚申日にお祭りをしている。新年初めの庚申日には、近郷近在より除災招福を祈り参拝する信者はあとをたたない。
御社殿はもと安井村松本領にあって境内には山伏修験者の行者があり愛宕詣りをする人々は滝に打たれ身を清め参詣したものである。
明治十八年現在の地に移築されたが、行者の名残をとどめる大小無数の石が境内北側に存在し、火伏の神、秋葉明神、南側には不動明王、観世音菩薩地蔵尊を祀る。
昭和五十五年は六十年毎に迎える庚申の年に当り、御神殿修覆中礎石に使用されていた道導に刻まれた「あたごへ二里半」の文字に往時を偲ぶことが出来る。

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猿田彦神社の情報

住所京都府京都市右京区山ノ内荒木町3
行き方

猿田彦神社の基本情報

名称猿田彦神社
読み方さるたひこじんじゃ
通称山ノ内庚申社
参拝料

なし

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号075-312-0474(西院春日神社)

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

メールアドレスhttp://www.kasuga.or.jp/link/%e5%b1%b1%e3%83%8e%e5%86%85-%e7%8c%bf%e7%94%b0%e5%bd%a6%e7%a5%9e%e7%a4%be/
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》猿田彦大神
ご由緒

当社は山ノ内庚申と言い、京洛三庚申の一社に数えられ、洛西の旧社として著名なお社である。
古図によれば三条通り側に鳥居があり参拝したと言われる。
猿田彦大神は道ひらきの神、人生の道案内の神と崇められ、開運除災、徐病招福の御神徳を以って世に知られている。
見ざる、言わざる、聞かざるの三神猿は、世の諸悪を排除して開運招福をもたらす崇高な御神教を示すものである。
庚申祭りは、平安時代より十干十二支の庚申の日に祀り、江戸時代に至って庚申待、庚申講と言い村人が集まり猿田彦大神、清面金剛のお軸を掛け、七種の供物を捧げ夜を明かして萬福招来を祈願したのである。
現在も六十日に一回の庚申日にお祭りをしている。新年初めの庚申日には、近郷近在より除災招福を祈り参拝する信者はあとをたたない。
御社殿はもと安井村松本領にあって境内には山伏修験者の行者があり愛宕詣りをする人々は滝に打たれ身を清め参詣したものである。
明治十八年現在の地に移築されたが、行者の名残をとどめる大小無数の石が境内北側に存在し、火伏の神、秋葉明神、南側には不動明王、観世音菩薩地蔵尊を祀る。
昭和五十五年は六十年毎に迎える庚申の年に当り、御神殿修覆中礎石に使用されていた道導に刻まれた「あたごへ二里半」の文字に往時を偲ぶことが出来る。

ご利益
体験
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